米オラクルが4月20日に発表した、74億ドルでの衝動的な米サン・マイクロシステムズ買収が実現した背景には、オラクルのある施策が存在する。

 3年前の2006年1月。サンのスコット・マクニーリCEO(最高経営責任者・当時)とオラクルのラリー・エリソンCEOが、Javaライセンスの10年延長などについて会談した。席上、マクニーリ氏が「サンを殺すつもりか」とエリソン氏に詰め寄る場面があったと報道された。プロセッサにSPARC、OSにSolarisを搭載するサンの中大型サーバー顧客のほとんどはオラクルのデータベース(DB)を利用する。その価格設定に対する怒りが爆発したのだ。

 サンのサーバーが、POWERプロセッサを搭載したIBMのSystem pに抜かれた最大の理由は、オラクル製DBの価格にある。オラクルはチップ上のコア数ベースで料金を設定しているため、コア数が多いサンのサーバーは著しく不利になる。今日のことを見越して、エリソン氏がDBの料金を設定したという見方はうがちすぎだろう。しかし08年1月、サンが10億ドルでオープンソースの有力DBだったMySQLを買収したことは、オラクルDBの価格戦略が、サンに与えたダメージの大きさを象徴してあまりある。

IBMと富士通、サン買収の協議も徒労に

 オラクルのサン買収は、買収金額を70億ドルに引き下げて交渉が終わったIBMを慌てさせ、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOの口からは「驚いた」とのコメントが飛び出した。まさに業界にとって寝耳に水だった。

 もっともIBMの腰が引けたのは、市場独占に厳しく対処する民主党政権との過去のトラウマが影響したとの見方も根強い。米IBM関係者は「買収見送りの理由は金額ではない」と発言した。民主党政権下での司法省との独禁法係争は、レーガン共和党政権が取り下げる82年まで13年続き、IBMの行動は監視された。IBMとサンのケースも、買収合意後の6~9カ月間、米欧当局による厳しい審査が待ち受けている。サンを加えた08年のUNIXサーバー・シェアはガートナー調べで65.4%に達するからだ。

 そのためか、IBMはサンと買収交渉のさなかに、サンと関係が深い富士通と協議したとされる。IBMが富士通に申し入れたのは、中・大型サーバーである「SPARC Enterprise向けの富士通製SPARC64プロセッサを、IBMが引き続き購入する」という内容。SPARC部門の富士通への売却を示唆したものだ。富士通を巻き込む形で、独禁法の審査を和らげる狙いがあったとみられる。

ハード部門の行方が富士通に影響

 オラクルのサン買収の波紋は二つの側面から考えなければならない。オラクルが今後も「ソフトベンダー」であり続けるのか、IBMやHP(ヒューレット・パッカード)と競合するサーバーまで抱えた「総合ITベンダー」に変貌するのか、という側面だ。これは短期および中長期の両面で、大手ベンダーの戦略に複雑な影響を与える。

 影響をまともに受ける富士通のある幹部は、「不要なハード部門を早晩、当社に売りに来る」と予想する。富士通の見立ては、オラクルが欲しかったのはSolarisとJava、MySQLで、狙いはミドルウエアの制覇というものだ。

 サンをオラクルに持っていかれたIBMはあせっている。ソフト部門だけでなく、サンの顧客をIBM製ハードに移行させる計画だったサーバー部門も同様だ。オラクルの短期的な買収の動機はここにある。サンをIBMに買われていいようにされてしまう恐怖が、同社を走らせたのだ。

 オラクルの買収後のパターンは、買収した企業を1年以上そのままの状態に置き、じっくりと戦略を練ったうえで行動に移すというものだ。その間に、オラクルに好ましくない人物は去る。サンにはSPARC技術者が1000人、Solarisが1000人、Javaが3000人がいるといわれる。

 日本IBMの関係者は、「オラクルは買収の意図を明かさず、しばらくは既存ベンダーに圧力をかけ続けるだろう」と話す。富士通から部材を購入してサーバーを作り続け、サンの競合だったハードベンダーにプレッシャーをかけ続けるということだ。

 オラクルがソフトベンダーであり続けることを選択するなら、おそらく来年に具体的なハード部門の売却案を富士通に提案するはず。この場合は、SPARCライセンスだけの売却はあり得ず、不要になるハード開発部門・工場を売却する可能性が高い。サンは工場を2カ所に持つがそのまま使うことも求められるかもしれない。

 「トヨタ生産方式が使えるレベルにない工場」(富士通幹部)を持つのは、富士通にとって辛い選択である。だが、プロセッサを自分のものにできる魅力は大きい。問題は資金だ。

 政府にパイプを持つ野副州旦社長の手腕が問われる場面だと筆者は考える。日本のIT競争力強化の観点からサンのハード部門の買収を大義名分化するシナリオを描き、公的資金を引き出すことも可能である。いずれにせよサーバーの売上高の49.4%を占めるといわれるUNIXサーバーは富士通ハードの生命線(図1)。オラクルの動きを無視することはできない。

図1●富士通の2007年度サーバー別売上構成(本誌調べ)
図1●富士通の2007年度サーバー別売上構成(本誌調べ)