公正取引委員会が社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)に出した独占禁止法(私的独占の禁止)に基づく排除措置命令――。公取委とJASRACの双方は審判で徹底抗戦する構えだが,専門家はどのように見ているのか。独禁法の専門家で,2009年2月に社会の実態とかい離した法令順守の弊害に警鐘を鳴らす『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』(講談社刊)を上梓した郷原総合法律事務所の郷原信郎弁護士に聞いた。

(聞き手は島田 昇=日経コンピュータ,高瀬 徹朗=放送ジャーナリスト)

あくまで「度を越したケース」が対象

郷原総合法律事務所 弁護士 郷原 信郎氏
郷原総合法律事務所 弁護士 郷原 信郎氏

独占禁止法に基づく排除措置命令の基本的な考え方は。

 まず,単純にシェアが大きいからといって直ちに独禁法違反ということにはならない。市場の状況などを勘案し,支配的立場にある事業者が他の事業者の参入を排除しようとした場合に私的独占の禁止などの規定が適用される。

 ただし,競争者排除はビジネス上,当然の戦略。あくまで「度を越した手段が不公正なケース」が対象となる。

JASRACの事案はそのようなケースに当たるのか。

 疑問はある。

 まず,このケースでは新規参入が認められる2001年の著作権等管理事業法の施行以前より同様の契約がなされており,JASRAC自体に新規参入排除の意図があったとは言えない。

 また,仮に私的独占の改善策として現状の契約体制が見直されることになれば,利用者にとって以前より不便な契約を結ぶことにつながる可能性もある。そうなればむしろ,市場に悪影響を及ぼすことになってしまう。

では,公取委の狙いはどこにあったと考えられるのか。

 公取委は昔から均衡市場第一主義で,今のように複雑化,多様化した世界には対応しきれない部分がある。一方,いわゆる建設業界の談合問題が減少し,独禁法を適用する事例が少なくなってきた。こうした中で啓蒙的な意味を込めて,注目される分野のケースを手がけようとしていると見る。

今回のケースはどうか。

 そもそも,知的財産権と独禁法は相容れぬ面がある。知的財産権は創造のインセンティブを独占的使用によって担保するもの。もちろん,今回のケースは著作権そのものが問題とされているわけではない。

業界別でそれぞれ重点が異なる縦と横の競争

どのような事実があれば独禁法適用が妥当と考えるか。

 例えば,放送事業者との契約料金が独占によって不当に高価であることが問題になっており,その独占状態を維持するための契約が結ばれているのであれば,明らかな独占禁止法違反となる。ただし,価格が高いこと自体を問題にすることはできない。

 今回,公取委が問題としているのは利用者たる放送事業者とJASRACとの関係性において他の管理事業者を排除しているという点だが,実際の競争はそこだけではない。JASRACとそれ以外の管理団体との市場を“横の競争”と捉えると,“縦の競争”はJASRACと著作権処理業務を委託する権利者間にあり,著作権を利用する事業者間にある。

 例えば,JASRACの立ち位置を卸と捉えた場合,メーカーは複数の卸先の中から魅力的な卸先を選定するし,小売も同様に魅力的な条件から仕入れ先を選ぶ。つまり,実際の競争はメーカー,卸,小売それぞれの領域だけにあるのではなく,それぞれが別の領域との間でも競争をしている。

では,現状の契約システムには何ら問題はないのか。

 100%問題ないとまでは言わないが,こうした契約,あるいは状況を生んだ背景には何らかの社会的要請があったはず。この場合,適切かつ円滑に著作物を運用してほしいと願う権利者と,できる限り手間を省いた上で安く利用したいと願う放送事業者の要請が強く反映された形だ。

 それを把握した上で,問題解決手段の1つとして独禁法を活用すべき。公取委の理想とする競争だけを優先すると,かえってその分野における社会的利益を損なうことにもなりかねない。

JASRACが高いシェアを誇っていることにも社会的要請があると。

 著作権等管理事業法以前の認可制についても,文化庁の権限確保だけではない社会的要請があったはず。それが「規制緩和」のトレンドを受けて自由化されたものの,一定の社会的要請から規制緩和以前の状況が残ってしまった。そこに公取委が入って無理やり突き崩そうとしているが,それだけでは問題は解決しない。

 背後にある社会的要請を踏まえ,総合的に判断することが公取委に求められていると考える。