公正取引委員会が日本音楽著作権協会(JASRAC)に排除措置命令――。今回の公取委の仕事はインターネット上の一部で拍手喝采を受ける一方,当事者であるJASRACはもちろん,著作権保有者および利用者から当惑の声も上がった。なぜ,公取委はこの時期に,放送事業者との契約方法に特化して,独占禁止法違反に基づく排除措置命令を下したのか。本件を指揮した公正取引委員会事務総局審査局第四審査長の岩成博夫氏に聞いた(内偵などに支障をきたすため顔写真は割愛した)。

(聞き手は島田 昇=日経コンピュータ,高瀬 徹朗=放送ジャーナリスト)

楽曲利用状況が料金に反映されていない

なぜ,JASRACに排除措置命令を行ったのか。

 JASRACと放送事業者間における包括徴収の仕組み(利用頻度に限らず放送事業収入に一定率を乗じた金額を支払うことで楽曲利用を認めるという契約)自体については問題ない。

 問題なのは,2001年の著作権等管理事業法の施行後,複数の新規参入事業者が登場し,JASRAC管理外の楽曲が存在し始めたにもかかわらず,JASRACと放送事業者間の契約料金に変化がないことだ。これでは,放送事業者が他の著作権管理事業者を使うにあたって追加負担という意識を持つことになり,それを理由に楽曲利用を避けるケースも出てくる。また,そうした状況を見た権利者は新規参入事業者に管理委託しづらくなる。JASRAC以外が有力楽曲を持ちづらい状況が強まってしまうわけだ。

JASRACにどのような改善を求めるのか。

 具体的な方法論までこちらから指定することはない。ただし,改善すべきポイントはある。本件で問題としている使用料について,実際の利用状況が使用料に反映されない状況を改善せよ,ということだ。

実際の利用状況を使用料に反映させる手段として「使用全曲目報告」が挙げられる。

 全曲報告を必須と考えているわけではない。利用状況が使用料に反映されるようになれば十分。その選択肢の1つとして全曲報告があるわけだが,当然,一朝一夕に実現できるとは考えていない。この点について,公取委として「実現できるまで待つ」とは言いづらいが,まずは改善の方向性を示すことを求める。

JASRAC側は,排除命令を不服として審判請求をする構えだ。その理由として「他社の新規参入以前とレパートリー数が変わっておらず,管理楽曲が新規参入事業者側に流れたという事実もない。したがって使用料金を見直す必要はない」と反論している。

 それはそれで正しい意見だろう。しかし,実際に放送利用楽曲のシェアは99%以上と100%に近い。著作権等管理事業法の施行以前も100%だったことを考えれば,やはり利用割合を反映しているとは言えないと考えている。

有力楽曲が“あえて”使われなかった

命令書で実例として2006年のイーライセンスとエイベックスマネジメントサービスの件で「有力楽曲」という言葉を使っている。何をもって有力楽曲と判断しているのか。

 公取委が「放送されて当然の楽曲」と判断したわけではない。放送事業者やイーライセンスへのヒアリング調査によって判断したものだ。

実際,使いたい楽曲があったにもかかわらず「別料金なので使用を差し控えた」という回答があったと理解していいのか。

 そういうことだ。もちろん,イーライセンスの管理楽曲のすべてが有力楽曲だったというわけではないだろう。しかし,普通であれば積極的に放送で利用したい楽曲をあえて流さない,という事実があったと認識している。

ネット流通の普及で世間一般の「著作権」に対する認識が強まってJASRAC批判などが目立つ状況を踏まえたアクションとの見方もできる。

 本件を手がけることになった背景については規定上,申し上げることはできない。公取委全体としては,知的財産分野への独禁法適用も例外なく行っていくという方向性を示していることは事実。しかし,今回の排除措置命令がその一環として行われたわけではない。あくまで独立した案件となる。