プロジェクトの中には,「気づき」や「アイデア」が満ちている。だが,それらが意思決定者のもとまで届くことは少ない。様々な要因に阻まれて,いつのまにか埋もれてしまうのだ。「気づき」や「アイデア」を生かそうとするなら,情報の提供者が嫌な思いをするような環境を改め,得をするように変えていかなければならない。

阿部 真也
マネジメントソリューションズ マネージャー 中小企業診断士


 前回,プロジェクトが健全かどうかを判断するには,情報の「鮮度」と「質」が確保され,トリアージによる「情報のタグ付け」がなされ,「解決行動」が実施されている状態となっているかを見る必要があると述べました。しかし一体どうやってこれらを実践していけばよいのでしょうか。今回はプロジェクトの“健全度”を測る尺度の最初にある,情報の「鮮度」と「質」を確保するための実践的方法を考えていきたいと思います。

【プロジェクトの健全度を測るポイント】
情報の鮮度と質が確保されているか
 問題が直ちに顕在化し,コミュニケーション・ライン上で正確な情報が迅速に意思決定者に伝わっている。

情報のトリアージによるタグ付けが行われているか
 重要度や緊急度に応じて,問題解決の優先順位が付けられている。

問題に対する解決行動が迅速に実行されているか
 解決に向けた意見が活発に交わされ,決められた実行者が期限までに解決行動を迅速にとっている。

消極的要因による情報の潜在化

 最初に情報の「鮮度」と「質」を低下させる事例を見ていくことにしましょう。皆さんの周りでも,次のような状況を目にした経験があると思います。

(1)責任追及型の情報潜在化

Aさん:「Bさん,実はNチームの進捗が1週間ほど遅れています」

Bマネジャ:「なぜ1週間も遅れているんだ。誰の担当部分が遅れているんだ」

Aさん:「お客さんと仕様を固めるのに手間取ってしまい,期限間近にいろいろ要求が出てきて…」

Bマネジャ:「お客さんからスムーズに仕様を聞き出してまとめるのが,お前たちの仕事だろう」

Aさん:「……」

Bマネジャ:「大体,なんで今頃言ってくるんだ。なぜもっと早く報告しないんだ」

 Aさんをはじめプロジェクトのメンバーは,マネジャのBさんに何か問題を報告すると,いつも責任を追及されてしまうので,Bさんへの報告をついつい後回しにしてしまいがちです。そのため,本当にまずい状況になるまで報告しないことが常態化しています。これがBさんの怒りをさらに増大させ,悪循環に陥っています。その後,Bさんへの対応に手間がかかってしまうことが,たびたび起こっています。

 このような状態では,言うまでもなく「健全」ではありません。問題に気付いているのに,後になってから意思決定者に伝わるため,情報の鮮度が落ちています。これでは迅速な意思決定や解決行動につながりません。

(2)意見否定型の情報潜在化

Cさん:「Dさん,お客さんとの打ち合わせの進め方について,ちょっと考えたんですけど」

Dマネジャ:「どうした!?(今忙しいのに…)」

Cさん:「えっ,えーと,よろしいですか。最近お客さんと打ち合わせをしていて,どうも今の打ち合わせのやり方に,お客さんが納得していないように感じるんです」

Dマネジャ:「それで(少しムッとした顔)」

Cさん:「ここはもう少し時間をかけて,お客さんが納得してから先に進んだ方がよいのではないでしょうか…」

Dマネジャ:「そう言うけどな,お前は納期のことを考えているのか。そんなやり方をしたら,いくら時間があっても足りないぞ。大体,限られた時間の中で仕上げるのが我々の仕事だろう」

Cさん:「……」

 このように,何か改善提案や問題提起を行っても,いつも先輩や上司に否定されているので,せっかく良い情報を持っている人でも,次第に意見を言わなくなってしまいます。その結果,本来注意すべき重大なことを見落としてしまい,最悪の場合,大きな損失につながってしまうこともあります。

(3)実行押し付け型の情報潜在化

Eさん:「今度の報告会なんですが,前回の報告会では上層部の方があまり理解されていなかったようなので,このようなイメージの資料を追加してみてはいかがでしょうか」

Fマネジャ:「なるほど,それはいいね。じゃ,それ作っておいて,明日の朝までに。明日の昼までにチェックしたいから。よろしく」

Eさん:「……(ただでさえ忙しいのに,自分がやるはめになるなら,言うんじゃなかった!)」

 何か提案するたび,結局すべて自分でやる羽目になると,「次に提案してもまた自分がやらされて作業が増えるだけ」と考えるようになります。すると,提案自体が減っていきます。このような状態では,良いアイデアや情報を持っている人がいても,その意見を生かせません。

 以上の3つは,どれも情報を発信しようとした際に,責任を追及されたり,意見を否定されたり,実行を押し付けられたりして,自分にとって「マイナスな状況」が発生しています。一度このような経験をするとネガティブな感情を抱くため,「そんな思いをするぐらいなら言わない方がマシ」という心理が働き,情報が潜在化してしまいます。つまり情報を発信することに「消極的」になってしまいます。これではもはや,プロジェクトは健全な状態とは言えません。