次世代IPネットワーク推進フォーラムの利活用促進部会新ビジネス検討WG(ワーキンググループ)は,IPデータ放送に関する検討を進めてきた。モバイル分野におけるIPマルチキャストの中で,特に放送分野に属するものについて,IPDC(IP DataCast)と定義し,具体的なサービスのあり方や技術規格の考え方を議論してきた。

 モバイル分野における放送という意味では,2011年7月の地上アナログ放送の停波によって空く周波数を利用して,二つの種類の携帯端末向けマルチメディア放送の実用化が予定されている。VHF帯ハイバンドを使う全国向けマルチメディア放送と,VHFローバンドを使う地方ブロック向けデジタルラジオ放送である。前者には,ISDB-TmmとMediaFLOが,後者にはISDB-Tsbが技術方式として提案された。元々MediaFLOはIPデータ放送の仕組みを備えていたが,ISDB-TmmやISDB-TsbといったISDB-Tファミリーも,2008年秋に行われた電気通信審議会による提案募集の段階では,IPデータ放送の仕組みを取り入れた方式の提案を行っている。つまり,技術方式の行方に関わらず,IPデータ放送の実現に向けた環境整備は,現実の課題として浮上してきた。

放送にIPレイヤを挿入する意義

 WGがまとめた報告書では,IPデータ放送を導入する意義の一つに「放送方式とコンテンツ方式を分離すること」を挙げる。電子ブックを例にすると,「異なる放送方式間でコンテンツは共通に利用できる」「放送方式は変わらなくても,電子ブックの技術進展に合わせて電子ブックの表現はどんどん豊かになる」といった世界を想定している。

 もう一つの意義として「放送/通信のネットワークを共通に利用できるアプリケーションの構築が可能になること」にあると主張している。インターネットのアプリケーションと共通化できる部分はインターネット技術を活用することで開発コストや期間を削減できる。またアプリケーションの共通化により,コンテンツを通信と放送の両メディアで利用できれば,コンテンツの生産性向上が期待できる。電子ブックを想定すると,ビューアの共通化や,コンテンツの共通化と言えそうだ。

 現状では,マルチメディア放送として提案されている3種類の技術規格について,IPデータ放送の実現手法が異なる。ダウンロードを例にとると,ISDB-TmmはIETFが定めたFluteと呼ぶ手法を採用するが,MediaFLOはTIA(米電気通信工業会)のTIA-113規格に定められているFDPおよびFDCPを用いる。またEPG(電子番組ガイド)やESG(電子サービスガイド)の統一もない。IP化の手法が異なることは避けられないが,「実際のコンテンツやサービスを開発するために必要な技術仕様やサービス仕様を議論する場を一刻も早く設けて,IP化の手法の違いを吸収するべきだ」とWGは主張している。現状のままだと,IPデータ放送を導入しても,結局は三様の仕様が存在することになると指摘する。

「放送役務利用通信」のような制度が必要

 IPデータ放送の導入の利点を最大限に引き出すために,避けて通れないのが制度の議論である。従来だと,データ放送といえどもあくまで,放送の一つの形態であり,放送関連法規の規律が適用されることに異論はほとんどなかった。しかし,IPデータ放送は,インターネットのコンテンツ,ノウハウ/技術を,放送の世界に持ち込んで融合・連携したサービスを展開するものであり,話はそう単純ではない。例えば,インターネット上の各種のサービスをIPデータ放送に持ち込んだとき,放送のソフト事業者は編成責任をどう負うのだろうか。IPデータ放送実用化の効果を最大限に生かすには,番組規律の考え方も柔軟化が必要になるだろう。また,コンテンツやサービスのデリバリ手法として放送を利用し,その補完媒体として通信を利用した場合に,配布されたものは放送コンテンツなのか,通信コンテンツなのか,という課題もある。

 WGは,「特定多数向け放送型通信」という新しい制度上の枠組み作りを提案する。「『電気通信役務利用放送』という制度があるが,逆に『放送役務利用通信』という制度的な枠組みが必要なのではという思いだ」と,WGの関係者は一人は説明する。さらに,既存の放送規律との整合性の議論や,著作権問題などの検討も必要と指摘した。WGの報告書において設立が提案されているフォーラムでは,こうした課題に取り組んでいく予定である。