レベルの違いこそあれ、会社を良くしたいと思う気持ちは、多くの従業員・幹部社員・役員が持っているものです。しかし、それぞれの立場や役割の相違によって、2つ以上の部門がかかわる、あるいは全体最適を目標とする案件の推進は、うまくコンセンサスを取れなかったり、論議がかみ合わず衝突したりする事がめずらしくありません。

 部門の壁を越えて全社的に進めなければならない案件が発生すると、発動されるのが“プロジェクト”です。プロジェクトは会社の命運を左右するものもあれば、現場レベルの業務の統合的なものまでありますが、どちらにせよプロジェクトのリーダーは自分の専門外の分野に入り込むことを覚悟しないといけないわけです。

 例えばIT(情報技術)部門の例ですが、IT改革による全体最適を目指そうとしますと、必ず他部門の業務の詳細にまでかかわっていかなくてはなりません。しかし、ITに関しては熟知しているIT部門の方々も、財務・経理や生産・技術・営業といったほかの部門のノウハウに関しては専門家ではないというよりは素人であることが多い。そのために、システム構築時にはどうしても他部門にイニシアチブを握られてしまい、現場主体の構築になる傾向が強くなります。

 従って、全社的プロジェクトの推進は各部門の専門家と話し合いながら仕事を進めなければならないという難易度の高い仕事になります。気がつくと各部門の意向を100%踏襲した社内下請け的な業務の推進になってしまうケースが散見されます。この問題はIT部門にとどまらず、全社的プロジェクトを進行していれば往々にして突き当たる大きな壁です。

 私は以前、CIO(最高情報責任者)として、またプロジェクト・リーダーとしてこの問題をいくつも乗り越えてきました。しかし、「もう一度やれ」と言われても躊躇(ちゅうちょ)するほど、精神的にも肉体的にもきつい仕事であったことを記憶しております。プロジェクト・リーダーの責任において、各部門の長や担当役員との交渉を行うという行為はそれほど難易度が高いものなのですが、乗り越えるためのいくつかのポイントが存在します。

最強の反対勢力は、財務本部長

 私のこれまでの経験に基づく諸対策が、今後プロジェクトを推進される方々のお役に立てればと考え、反対勢力の役職ごとの交渉のポイントを書き記してみました。当然、すべての企業やケースに当てはまるわけではございませんが、少しはお役に立てるのではないかと思います。第1回は最強の反対勢力、財務本部長です。

 新たにプロジェクトをスタートさせようとする際、社内外の少なからぬ抵抗勢力が存在するものです。そして、最終的には企業の経営責任者である社長が決済するわけですが、承認の過程では、その社長よりも手ごわいのが財務本部長ではないでしょうか?

 前述しましたIT部門の例では、IT部門自体が財務本部の下部組織であるケースが意外に多いので、IT投資時のキーパーソンになるのは当然の話です。また、財務・経理の専門知識もさることながら、会社の財務状況などを対外的に公式発表する部門の長ですから、社長とのコミュニケーションも十分ですし、予算作成部門のトップですのでプロジェクトの承認時における最強の抵抗勢力といっても過言ではないでしょう。

 ただし、意思決定時の最上位のディシジョン・メーカーである社長と利益拡大という目的では共通性のある財務本部長ですが、社長とは大きく異なる点があります。以下に述べる私の考える社長と財務本部長の相違点は、私がこれまでに接してきた方々の行動や発言を私なりに分析した結果ですので、すべての企業に当てはまるわけではありませんし、“どちらかと言えば”という観察眼による見解ですので、「ふざけた事を言うな」というお怒りのないように、あらかじめお願い申し上げます。

1.拡大指向に対して寛容であるのか?
 利益を拡大する方法には、売り上げを向上させる方法と、経費やコストを削減する方法の2つがあります。が、どちらかというと社長はビジネスを拡大していくための投資や、売り上げを伸ばすための投資に対して前向きです。一方、財務本部長は経費削減やコスト削減といった内向きの投資を好む傾向があります。成功確率がそれほど高くなくても、ビジネスの拡大に対する投資判断ができる社長と違い、日々数字を扱う財務本部長は現実性と確実性を求めるためです。

2.モチベーションに対しての思い
 全従業員の士気高揚という重大使命を持つ社長は、決起大会や懇親パーティー、さらには教育研修やインセンティブなどにお金を使うことに対して寛容な傾向があります。一方、財務本部長は、経費削減という思考から、効果の期待度を確認したがり、派手なパーティーやそのほかの“勘定科目上の接待交際費に相当するもの”に対しては、ネガティブな思考になる傾向があります。もちろん、財務部長が従業員の士気高揚を考えていないというわけではありません。

3.景気の悪い時に何をするのか?
 景気が悪くなると、社長は士気を高め、攻撃力を増大させ、難局を打ち破ろうとする傾向が強くなります。一方、財務本部長は、工場・営業所の閉鎖や人員の削減などによる経費の削減に注力し、縮み思考に走る傾向があります。もちろん、IT投資なども“ゼロ”ベース管理を推奨します。景気が悪い時こそ、先行投資をして競合他社を引き離すプロモーション投資や開発投資を行うという決断は社長にしかできません。よって財務本部長が社長に就任した際にはこのアンバランスに苛(さいな)まれる事があるのです。

 このように書くと、どうも財務本部長は悪者のようなイメージになってしまいますが、社長と財務本部長が同一の思考で経営を行うと、会社はとんでもない方向に向かう可能性があります。ですから、この2人の思考のバランスが会社の将来を決めるといっても過言ではないでしょう。そういう意味では財務本部長の社長に対する助言は非常に重要です。逆に、社長が財務本部長の内向きなシビリアン・コントロールをすべて肯定してしまうと従業員の士気が低下し、ビジネスの拡大は非常に難しくなります。

 こうした社長と財務本部長との関係を考えたうえで、財務本部長に対するプレゼンテーションを行う事が、必要な投資を実現させるポイントとなると思います。それでは財務本部長とはどのようにして戦えばいいのでしょうか?