前回は地域戦略を作るときには抽象論や夢に流されず、「課題別」「地区別」そして「担い手別」にものごとを切り分けて考えるべきと述べた。また戦略立案以前に企業戦略と同様の冷徹な現状分析が必要だとも述べた。確かに地域は「戦略性」を企業に学ぶべきだ。だが「地域」と「企業」は違う。今回は「地域戦略」の「戦略性」について考えたい。

「幸せ」「成功」の定義はさまざま

 企業戦略の成功の定義は明快だ。収益の拡大・成長、そして持続性である。地域の成功もある程度は同じだ。だが理想とする地域の姿は人によって様々だ。典型が開発か保全かという路線対立だ。人生の成功が資産や子孫の数だけでは測れないのと同様に地域の繁栄(人口、経済)は必ずしも地域の戦略的成功を意味しない。だから地域戦略は立案が難しい。作るのは簡単でも支持と同意は取り付けにくいからだ。

 また厄介なことに地域の人々から広範な支持を取り付けると総花、散漫な地域戦略になる。戦略の要諦は「選択と集中」だ。その原則に逆行することになる。あるいは「立派な工場地帯と豊かな自然の保全の両立」といった矛盾に満ちたスローガンを掲げることになる。「地域」とは昔から“在る”ものだ。自分で選んで就職した、あるいは投資した「会社」とは異なる。昔からそこに“在る”ものに企業並みの高度な戦略性を期待すること自体にそもそも無理がある。戦略のない企業は生きていけない。だが地域は必ずしもそうではないのである。まずは頭の片隅にこの現実を常においておくべきだ。

地域戦略の要諦は域外へのシナリオ発信

 とはいえ、現実には地域間競争があり、繁栄する地域と衰退する地域がある。例えば隣同士のはずの滋賀県と岐阜県。前者の人口やGDPの伸び率は全国でも屈指の高さだが後者は逆だ。もちろん経済や人口だけが成功の尺度ではない。だがこれらが縮小サイクルに入ると人々の生活は不安定になり、幸福度・満足度も下がる。地域戦略にはやはり、経済成長と人口誘引を促すシナリオが必要だ。

 そのためには域外からの投資と移入(旅行、就職、就学)を促す必要がある。つまり、地域戦略とは、

(1)域外住民に対して「(そこの)地域のモノやサービスを買い、事業・土地に投資したい」と思わせる説得力

(2)域外住民に対して「(そこの)地域に旅したい、あるいは就学・就職してみたい」という気持ちを抱かせるだけの魅力

が必要である。

 また現在、そこに住む人たちが、

(3)今後もそこに住み続けたいと思う経済基盤を構築できていて、

(4)いい意味での「地元民意識(プライド)」を抱いていることが必要になる。

地域戦略における「ブランディング」の重要性

 こうした戦略は経営戦略の世界では広く「ブランディング」戦略と呼ばれる。ブランドとは実態(商品の性格・価値など)とは別のレベルで形成されるイメージのレベルにおける企業や商品の価値観のことだ。もちろん実態とブランドは表裏一体だ。だが時にはブランドが実態の内容不足を補い、あるいは逆にブランドの崩壊が実態の衰退を招く(企業幹部の不祥事による商品の売れ行き不振など)。

 わが国の地域戦略、そして国家戦略において著しく足りないのがこのブランド戦略である。自治体にも国にも一応の地域(国家)戦略がある。総理や首長の施政演説や有識者による委員会の各種答申も数多くある。だが、いずれも「戦略性」に乏しい。理由は外向け、先取りの「ブランディング」の発想がないからだ。全国どこでも地域戦略を考える際には、地元の内輪の有力者の意見調整が優先される。結果として域外の人々にとって魅力的なブランド戦略が打ち出せない。唯一の例外がおそらく京都、北海道、沖縄だがこれらも日本国内における相対的な特異性(消去法的希少価値)を誇るに過ぎず、地球規模でのブランド訴求力に欠ける。国レベルでみてもブランド戦略は不得手だ。スイスやシンガポール、ベルギーなど小国のほうが存在感がある。

 これからの地域戦略はともかく外向けに発信すべきだ。あえて言おう。これからの地域戦略は域内住民の総力を結集して実践するような重いものではない。もっと軽快に「何か面白そう」「行ってみたい」「これから伸びそう」という予感を感じさせるシナリオであるべきだ。かつての「福岡」はそうだった。今は「金沢」がそうかもしれない。発信力を持つ知事を擁する東京、宮崎、大阪もそうなのかもしれない。その他の地域でも地域のシナリオ、ブランドは早く打ち出したほうがよい。多くの日本人、特に行政関係者は実直に過ぎる。いまだ実力を伴わないうちからブランディング戦略を展開することには抵抗感を抱きがちだ。だが起業もビジネスも先行きが見えない状況の中で将来を信じて先行きに対して投資することから始まる。戦略の本質は、実はこうした“共同幻想”を具現化していく作業なのである。これからの地域戦略には域外に対して先行きの明るい“共同幻想”を作り出す威力を期待したい。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一 慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生など編著書多数。