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諜報謀略講座 ~経営に活かすインテリジェンス~

第3講:厩戸皇子と遣隋使を巡るインテリジェンス

2009/04/14 ITpro

東京農工大学大学院技術経営研究科教授
松下博宣

 インテリジェンスとは、「個人、企業、国家の方針、意思決定、将来に影響を及ぼす多様なデータ、情報、知識を収集、分析、管理し、活用すること、ならびにそれらの素養、行動様式、知恵を総合したもの」である。競合相手の情報や事情を意図的に探り、評価し、知識に変えていく「諜報」、諜報にいそしむ相手側から身を守る「防諜」、諜報と防諜を組み合わせて情報や知識を意図的に操作し、企図する成果を実現する「諜略」は、すべてインテリジェンスに含まれる。

 諜報謀略は、人間が言語を持った時から始まった。ただし、歴史を変えるような大掛かりな諜報諜略となると、仕掛けたほうも、引っかかったほうも、その事実を認めないから、史実や記録として残らない。したがって、大掛かりな諜報諜略が歴史として記録されることはよほどのことがない限りない。むしろ諜報諜略の成果としての権力交代あるいは権力の正当性が、歴史の編纂者の手によって書かれ、操作される。

 本連載を進めるにあたって、歴史をひもときつつ、そこにおけるインテリジェンス活動を読み解いてみたい。過去から学ぶのは、インテリジェンス研究の作法である。例えば、中国の兵法書「孫子」はインテリジェンスにかかわる知恵の集積であり、現在にいたるまで各国語に翻訳され、インテリジェンスや軍事の講義で必ず引用されている。現に筆者が留学していたコーネル大学の軍事学講座において、受講者は孫子を熱心に読み解いていた。

「しのび」を駆使した厩戸皇子

 日本におけるインテリジェンスの起源を探るために、聖徳太子の時代にまでさかのぼってみたい。聖徳太子は「十七条の憲法」や「冠位十二階」を制定した古代日本の偉人として伝えられている。日本書紀によれば馬小屋で出産した皇子であるから、厩戸皇子(うまやどのみこ)という名が付けられた。聖徳太子という尊称は後年与えられたものなので、ここでは、一般的に使われる厩戸皇子という呼称を使わせていただく。

 人間が二人以上集まれば、そこに利害関係が生じ、権力の錯綜も生じる。とりわけ中央集権国家の形成にあたっては、権力の集中を伴うゆえに、必然的に権力闘争が発生する。権力闘争を巡って情報の不均衡が生じ、諜報諜略が生まれる。畿内に豪族が発生し、中央集権国家の基礎が出来上がりつつあった厩戸皇子の時代、豪族達が敵情を探って優位に立とうとする発想を持つのは必然であった。

 そう考えると、厩戸皇子の親戚であった当時の実力者、蘇我馬子も諜者を使っていたことはまず間違いない。ここで当時の朝鮮半島と倭国との政治状況をざっと振り返ってみる。

 そもそも蘇我馬子の先祖は朝鮮半島の百済の官僚だった。高句麗が百済に侵攻して百済が崩壊したのち、木満致(もくまんち)という百済の高級官僚が亡命して倭国にやってきた。その木満致は名を改め、蘇我氏の基礎をつくった蘇我満智(そがのまち)となったとする説がある。このような出自の蘇我氏は、渡来人集団を倭国の王家に仕えさせ、倭国と元百済勢力との連携を強めたがっていた。

 蘇我氏に対抗する勢力の代表が、大伴(おおとも)氏や物部(もののべ)氏であった。大伴氏はアメノオシヒを祖先とし、大王家の宮廷の兵をひきいていた。アメノオシヒとは、倭国の土俗的神話で大王家の祖先のニニギノミコトとともに天から降りてきたとされている。一方、物部氏は大王家とは別に、ニギハヤヒを祖先とする一族とされる。物部氏は古い土着氏族で、大王家が大和(やまと)地方に入る以前から、大和の有力氏族を支配していた。大伴氏が失脚したあとは、蘇我氏と物部氏が対立するようになる。

 渡来系の蘇我氏は崇仏派で、土着系の物部氏は排仏派であった。蘇我氏は、当時のユニバーサルな価値観、すなわち仏教による統一国家建設を目論んだ。これに対し、物部氏は、ローカルな土着的神話価値観による連合国家建設を考えた。両氏の対立は先鋭化し、収拾がつかない状態に陥った。厩戸皇子はこのような混乱のなか、登場した。

 厩戸皇子は「志能便(しのび)」と呼ばれる専門職能集団を使い、朝廷内外の情報を得ていたとされる。厩戸皇子が志能便として起用したのが大伴細人(おおともの ほそひと)である。その当時は忍者という言葉は無かったが、この大伴細人が確認できる範囲で日本最古の忍者、すなわち諜報を専門に実施した人物であると言ってよい。後に、忍びを「細作(さいさく)」と呼ぶことがあったが、これは大伴細人の名前に呼応する。

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