SaaS(software as a service)/PaaS(platform as a service),仮想化,そしてクラウド・コンピューティング――。国内に,こうした技術や仕組みに基づくサービスが,国内に次々に登場している。ソフトウエア・ベンダーばかりでなく,通信事業者なども乗り出した。最近の例で言えば,NTTコミュニケーションズが海外に拠点を持つユーザー企業向けに,SaaS型グループウエア・サービスや,遠隔地でもオフィスと同じデスクトップ環境を利用できるようにする「仮想オフィスホスティング」といったサービスを開始した。KDDIもSaaS提供者向けにプラットフォームを提供中。さらに3月には企業向けとして,ファイアウォール,ロードバランサ,Webサーバー,OSなどを合わせたIT基盤を提供する「KDDI クラウドサーバサービス」を開始した。

 世界的な経済状況の悪化に伴い,通信事業者およびITを取り巻く企業はCAPEX(capital expenditure:設備投資),OPEX(operating expense:運用経費)のコスト削減を目指し,さまざまな取り組みを行っている。その代表例が仮想化である。トレンディな動きとして注目され,急速に浸透し始めている(図1)。

図1●仮想化ソフトは今後急速に浸透する
図1●仮想化ソフトは今後急速に浸透する
IDC Japan「国内仮想化サーバー市場出荷台数予測,2004年~2011年」から引用。

 こうした技術や仕組みの台頭に伴い,ユーザーはサービス品質の指標(メトリックス)として,エンド・ツー・エンドの応答性能やQoE(体感品質)を重視するようになる。ところが,肝心の各種サービスのサービス品質管理が追いついていない。コストの節約や利便性というメリットの背後には,「見えざる課題」が潜んでいるのである。通信事業者やアウトソーシング事業者は,サービス品質管理の見直しを迫られている。

 そこで本稿では,通信事業者やアウトソーシング事業者が今後実現すべきサービス・レベル管理の手法について解説する。

事業者目線からユーザー目線の管理へ

 企業向けの通信サービスやホスティング・サービスでは,事業者が企業ユーザーとの間で取り決めるサービス・レベル保証契約(SLA)が提供されているケースがある。ネットワーク帯域,可用性,ダウンタイムおよび障害コールバックが発生した際の対応時間といった指標である。NTTをはじめとする大手通信事業者は,次世代ネットワーク(NGN)を構築するなど,付加価値の高いサービスを提供するためにサービス品質の強化を進めている。

 ただ現状のサービスで提供されるSLAは,あくまでも事業者側の視点に基づく指標に過ぎず,企業ユーザーにとっては必ずしも十分なものとは言えない。ユーザーが求めているのはサービスの安定した品質だけではなく,業務の継続性や生産性だからである。

 データ・センターやSaaSの利用が進み,企業のITインフラがクラウド・コンピューティングのスタイルに近付くと,サービス品質に関してユーザーが求める内容はいっそう高度になる。ネットワーク,サーバー・プラットフォーム,アプリケーションと,一つのサービスを構成するコンポーネントが増えれば,個々のサービス品質はユーザーにとってあまり意味をなさない。応答性能が劣化した場合や障害発生時には,サービス全体から見た原因分析と迅速な復旧が欠かせない。その際にユーザーにとって重要な指標になるのがQoEである。

 この傾向は何も企業ユーザーばかりでなく,一般ユーザー(個人)においてもしかりである。例えばMVNO(仮想移動体通信事業者)が乱立する中で,モバイル・ユーザーにとってQoEは最も重要なサービス事業者選定条件の一つである。なかなか接続できない,接続してもスループットが出ないことが多いなどサービス品質が低いと,ユーザーは他事業者に切り替えることを考えるはずだ。事業者としては,ユーザー視点での高い品質を維持すると同時に,クレームに迅速に対応できる体制を整える必要がある。

現行のサイロ型管理では顧客満足は得られない

 実際には,QoEをSLAの指標に盛り込むのは容易ではない。求められる体感品質は,ユーザーの業務内容,環境などによって異なるからだ。そこで重要なのが,エンド・ツー・エンドでのサービス・レベル管理。ユーザーが利用しているサービスの状況と,ネットワークやシステムの稼働状況を結び付け,品質の低下や障害を即座に見付けられる仕組みである。

 とはいえ,エンド・ツー・エンドのサービス・レベル管理は容易ではない。ネットワーク・システムの構成要素が多様なうえ,現状ではコンポーネントごとに管理者が分かれているケースが多いからだ。サーバーやネットワークに仮想化技術の採用が進む今後は,さらにサービス・レベル管理の難易度が上がる。

 今の事業者のシステム/ネットワーク管理は,Webサーバー,ロードバランサ,データベース・システム,ネットワークといったコンポーネントの稼働状況を個別に監視する,サイロ型モニタリング(縦割り管理)に基づいているケースが大半。これでは,障害要因を突き止めにくい。サイロとは農場で穀物などを貯蔵するもので,互いに筒状の壁で仕切られ,相互の流通や連携のない状態をいう。このサイロに似ているところから,サイロ型モニタリングと呼ばれる(図2)。

図2●今まではサイロ型モニタリングが主流だった
図2●今まではサイロ型モニタリングが主流だった
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 サイロ型モニタリングでも,各コンポーネントが独立していれば,まだ一つずつ問題が発生しそうな個所をつぶしていける。ただ,ここに仮想化環境が持ち込まれると,事情が違ってくる。

 一つのプラットフォーム上で複数の仕組みが稼働する仮想化環境では,別の仕組みに起因するトラブルが影響を及ぼしかねない。しかも,リソースを有効利用するために動的にリソースを割り当てていたり,障害時に自動的にリソースを切り替えて処理を継続できるようにしていたりすると,どのコンポーネントとどのコンポーネントが連携して一つのサービスを提供しているかを把握しづらい。従来のサイロ型の管理方法では問題発生の把握や原因分析は難しい。

 現状では,仮想化環境で自動的にリソースを切り替える,いわゆる「モビリティ」の仕組みを活用しているケースはあまり見られない。ただ今後は,特に通信事業者やデータ・センター事業者などでは利用が進むと見られている。仮想化技術の導入によって生じる「見えざる課題」を解決し,ユーザーの満足度を上げるには,エンド・ツー・エンドのプロアクティブな管理が欠かせない。

新美 竹男
テリロジー取締役経営企画本部長