経営者にとって、情報システムは頭痛の種になりがちだ。業務に必須だが投資に見合った効果が出るとは限らない。ほかの設備投資に比べて専門的で難解でもある。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、ベンダーとユーザー両方の視点から、“システム屋”の思考回路と、上手な付き合い方を説く。

 ITベンダーのシステムインテグレーターなど、私が“システム屋”と呼ぶ組織が掲げる「顧客第一主義」には、大きく分けて2つの問題点があります。前回(第5回)は、1つ目の「支払う費用に見合った生産性の向上を望みにくい」ことを指摘しました。

 もう1つの問題点として「業種内に閉じた発想しか出てこなくなること」を指摘したいと思います。

 システム屋によくある金融システム事業部や流通システム事業部、製造システム事業部などという業種別タテ割り型組織には、それなりの合理性があります。このベースにあるのは、システム屋にとっての競争力の源泉が「ITに関する技術力」と「それを応用する分野における業務知識」であるという考え方です。

 この2つが重要であることは確かですが、知恵やアイデア、挑戦を軽視する風土をシステム屋に植え付けてしまったと私は感じています。

 大きなシステム会社は大きな顧客を持ち、大きな体制で顧客に対応しています。その顧客との長期に安定した関係によって蓄積された業務知識を生かして、その業種に対応する組織はさらに大きくなります。

 例えば、大手の証券会社を顧客に持っていれば、中堅以下のほかの証券会社が業務知識を期待して、このシステム会社の新たな顧客となります。いわゆる「横展開」です。それに対応するために、「証券システム事業部」といった大きな体制を構えることになります。「株式注文システムの設計開発・改善」などを担当する部署はシステム会社の社内で「保守本流」などと呼ばれ、圧倒的な業務知識を蓄えます。社内で有力なこうした部署から、システム会社の次世代の幹部が生まれる構造が出来上がります。

新しい挑戦よりも「保守本流」が出世につながる

 ただし、企業にとっての競争環境が刻一刻と変わっていくのが今の時代です。いかなる業種のいかなるトップ企業であっても、新たな発想で競争力を強化しなければならない時代がやってきているのです。中堅以下の企業にとっても、かつてのように大手のマネをし、時間差で同じことをやっていけば一定の収益を得られる時代は既に終わっています。

 業務知識を偏重し過ぎたシステム会社では、社員は人事異動を嫌がります。同じ業種を長く担当するほど業務知識が蓄積しますから、当然の帰結といえるでしょう。極端なケースでは、同一顧客を長く担当した人が幹部となり、その顧客を彼の後任として長く担当する者を次の幹部に育てようとします。人事の固定化と派閥の形成が進むわけです。

 顧客が新たな挑戦をしようとしている時には、システム会社も組織に新たな人材を投入しようと試みます。しかし、違う価値観を持った人材は「保守本流」の抵抗に勝つことができず沈んでいきます。

 大きなシステム会社では、優良顧客を相手に長期安定体制の中で活躍した人と、新規顧客や新興企業の新規案件をこなしてきた人とを比べれば、まず例外なく前者が幹部として生き残ります。こうした構造は「業種内に閉じた発想」を助長します。

 私自身、システム会社に勤務していた時に「保守本流」の部署も、新規案件をこなす部署も両方経験しました。次回は、こうした経験を基に、システム開発のアイデアを出す際に議論にどのような偏りが出るのか、具体例を示したいと思います。

次回へ続く

佐藤 治夫(さとう はるお)氏
老博堂コンサルティング 代表
1956年東京都武蔵野市生まれ。79年東京工業大学理学部数学科卒業、同年野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)入社。流通・金融などのシステム開発プロジェクトに携わる。2001年独立し、フリーランスで活動。2003年スタッフサービス・ホールディングス取締役に就任、CIO(最高情報責任者)を務める。2008年6月に再び独立し、複数のユーザー企業・システム企業の顧問を務める。趣味はサッカーで、休日はコーチとして少年チームを指導する。