著者は,1980年代にマイクロソフト日本法人でWindowsのマーケティングを担当したトム佐藤氏。パソコンれい明期におけるマイクロソフトを中心とした関係者の駆け引きが,マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏をはじめ,日本法人会長を務めた古川享氏やソフトバンク社長の孫正義氏,アスキー創業者の西和彦氏らの実名と共に生々しく描かれている。

 パソコン用OSの成功物語として読めば古い話だが,副題にある通り「世界標準の作られ方」の一事例として読めば,普遍的な教科書と言える。著者は,世界標準を作るために必要な能力を「技術の波を理解する力」と「適切な関係者に売り込む力」に集約している。簡単に言えば,技術と人的ネットワークの両面において,俯瞰できる能力ということになるのだろう。パソコンれい明期にはこの力に長けた人がいて,結果的にWindowsを業界標準にできた。

 通信業界に目を移すと,日本発の世界標準作りに苦戦しているものが多い。例えば,移動体通信では第2世代(2G)のPDC方式は海外に広がらず,欧州と協調路線を採ったはずの第3世代(3G)のW-CDMA方式は,NTTドコモが最初に実装した仕様は業界標準から外れてしまい,世界で通用するものにはならなかった。これは,国内メーカーが海外で苦戦する一因にもなっている。

 小さな組織内ですら,意思統一を実現するのは困難が伴う。「言うは易し,行うは難し」ではあるが,上記の二つの能力の重要性を肝に銘じておくだけでも結果は違うはずだ。すべての標準化争いをこの視点で眺めてみると,「勝ち馬」が見えてくるかもしれない。

 本著を読んで,二つの事象が印象に残った。一つが,当時17歳だった著者の最大幸福論との出会いだ。最大幸福論は,英国の哲学者ジェレミー・ベンサム氏が唱えた思想である。著者は,宗教や階級,人種に関係なく入学できる学校として創設されたユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの受験面接で,同大学に保存されているベンサム氏のミイラと共にその思想を知る。

 本著では,最大多数の最大幸福を実現する思想が,Windowsの推進に共通するものとして描かれている。世界中の人を幸せに出来るという大義が,Windows関係者の求心力になったのではないかと想像する。

 もう一つが,腹を割った対話の重要性だ。Windowsの普及に至るまでにマイクロソフトは何度も危機に直面する。そのたびにゲイツ氏は即座に関係者を集めて問題意識を共有し,解決策を話し合った。

 英語が共通語だからといって,国際社会に「以心伝心」は無い。そんな当たり前のことも,改めて認識させられた。

マイクロソフト戦記

マイクロソフト戦記
トム 佐藤著
新潮社発行
756円(税込)