この記事は結城浩氏が,2008年3月24日に発売した日経ソフトウエア2008年5月号の特集「はじめてのプログラミング」向けに著したものの再掲です。記述された内容は,執筆当時の情報に基づいています。

 こんにちは,結城浩です。

 私は,あなたがだれか知りません。でも,あなたがどんなことを思っているか,少し知っています。なぜなら,20数年前,私は現在のあなたと似ている状態だったからです。

 現在の私は45歳。プログラミング技術の本を書いたり,暗号技術や数学の本を書いたり,Web技術の連載記事を書いたりしています。厳密な意味でのプログラマではありませんが,プログラミングに密接にかかわるこの業界でお仕事をしています。

 でも20数年前,私は不安でいっぱいでした。

 不安?

 未来がわからない不安。何を勉強すればいいかわからなくて不安。プログラムを書けるかどうかわからなくて不安。不安,不安,不安だらけでした。

 私は,現在のあなたも,それと似たことを感じているのではないかと想像しています。

 プログラミング,面白そうだな。やってみたいな。Webでブログを読んでると,いろんな人がいろんなことをやってる。自分もやってみたいな。でも,難しそうだな。何を勉強すればいいのかな。自分にできるのかな…。

 もしもあなたが,そんなふうに感じているなら,私はあなたに,一言で表現できるアドバイスをお渡しできます。それは,

 あなたの不安こそ,最強の武器だ

というものです。

 不安がなぜ武器なのでしょうか。不安になって,何もしなかったら武器にはなりません。また,自分の感じている不安を見て見ぬふりするのもちょっと違います。大事なのは,不安を自分の力に変換することです。

 何を勉強すればよいかわからなくて不安,というなら,その不安のおおもとを具体化してみましょう。現在の自分が持っている知識の一覧表を作るのです。えっと,プログラミング言語っていうものがあるらしい。ネットワークってものがあるらしい。インターネット,携帯,グラフィックス,ゲーム,サーバー技術,セキュリティ…。

 まずは今の自分が知っている言葉を紙に書き出してみましょう。だれに見せるわけでもないのですから,間違いがいくらあっても,混乱していてもかまいません。とにかく書き出すのです。そうすると,自分が何も知らないことを知って驚くでしょう。でも,不安は少し減るはず。頭の中でぐるぐる考えていると不安は増すものですが,紙に書き出せば,一つひとつをピックアップして検討することができるからです。「何から勉強すればよいかわからない」という自分の不安も書き出しておきましょうかね。そして今後,Webや本や雑誌で勉強するごとに,そのノートにわかったことを書き込んでいきましょう。

 そうやって,自分のノート,自分の理解の現状を具体的な形にしていきます。そして,例えば1年後,そのノートを振り返ったとき,あなたは格段に変化している自分に気づくでしょう。出発点はどこでしたか? そう,現在のあなたの「不安」です。あなたの不安が,学習を進める大きな起爆剤となってくれるのです。

 プログラムを書けるかどうかわからなくて不安,というなら,まずは何かプログラミング言語をピックアップして,それを深く学習してみましょう。いわゆるお勉強だけではなく,実際にプログラムを書いてみるのがよいでしょう。そこで大事なのは,自分自身が本当に理解しているかどうかをチェックして進むことです。ほかの人が言ったから,ではなく,自分で学んで,考えて,やってみて,こう理解したから---という姿勢になることです。

 プログラミングの世界では新しい技術が次々に登場します。そして,その技術の真の価値を見極めるのは,とても難しいことです。しかし,自分の頭でよく考えて,自分の手でよく確かめる習慣を付けていると,あなたなりの判断力が次第に身に付いていくはずです。そして---このときもやはり出発点は,現在のあなたが感じている「不安」なのです。

 何を勉強したらよいかわからないという不安が,逆に広い視野をあなたに与え,プログラミングできるのかなという不安が,逆にあなたに深い判断力を与えてくれるはずです。

 45歳になっても不安はなくなりません。新しい不安がやってきます。でも,大丈夫。私は知っているからです。

 この不安が,最強の武器になることを。


 あなたの健闘をお祈りしています。

 Enjoy Programming!


結城 浩(ゆうき ひろし)
1963年生まれ。趣味&仕事は「プログラム書き&文章書き」。JavaやPerlの入門書,本誌連載などで人気の著者。最新刊はミルカさん+テトラちゃん+「僕」という3人の高校生が,数学にチャレンジする数学青春物語『数学ガール』。
http://www.hyuki.com/