この記事はよしおかひろたか氏が,2008年3月24日に発売した日経ソフトウエア2008年5月号の特集「はじめてのプログラミング」向けに著したものの再掲です。記述された内容は,執筆当時の情報に基づいています。

 私が初めてコンピュータに触れたのは,中学生の時だった。そのころ,インターネットはなかった。iPodも,ケータイも,ニンテンドーDSもなかった。コンピュータは「コンピュータ・ルーム」という専用の部屋に,鎮座ましましていた。

 中学生だった私は,コンピュータの魅力に打ちのめされた。アセンブリ言語でレジスタやらメモリーやらを操ることに心を躍らせた。昨日のことのように鮮明に覚えている。

 コンピュータは特別だった。特別な存在だった。


 あれから30数年たった。いまや, PCは特別な存在でもなんでもない。どこにでもある。ありふれている。

 それでも,コンピュータは特別なものだ。コンピュータというのは人生を賭すにかなうものだ。コンピュータは社会を変えることができる。よくも悪くも変えることができる。

 「ハッカー」と呼ばれる人がいる。コンピュータを自由自在に使いこなす人のことだ。ハッカーはコンピュータの力を本能的に理解している。プログラムを,いとも簡単に紡いでいく。コンピュータの力を理解しているだけなく,コンピュータによって社会をより良くする方法を理解している。

 インターネットで世界は結線され,地球規模のコラボレーションが可能になった。およそ十数年前,ハッカーたちはコラボレーションを始めた。

 その最大の成果は,現時点では「オープンソース」のソフトウエアだ。プログラムのソースコードが公開されていて,自由に変更,改良ができる。そして,その改良を世界中の人と共有できる。ちょっとした改良が雪ダルマのように膨らんでいき,とてつもない価値を生み出す。

 このようなオープンソースの開発方法はとっても不思議だ。だれに命令されるわけではなく,厳密なロードマップがあるわけでもなく,一人ひとり,ちょっとした改良やバグ修正を行う。それが集まって商用ソフトウエアをしのぐものが生み出される。

 LinuxというOSがある。現在もっとも広く利用されているサーバーOSだ。Linuxは,インターネットを利用して世界規模で開発されている。Linuxの中核であるLinuxカーネルの最新版「2.6.23」は,854人の開発者によって6200のパッチが開発され,約43万行が追加された(Jonathan Corbet氏の「Who wrote 2.6.23」による,http://lwn.net/Articles/247582/)。

 開発者の所属団体を見ると,米Red Hat,米IBMといったオープンソースに深くかかわる企業の名前があるが,それよりも目立つのは,「Unknown」(不明),「None」(所属なし)という文字列だ。ソースコード上の行数ベースでは,Unknownが1位, Noneが2位だ。Unknownは所属組織が不明な個人である。小規模な組織に属しているのかもしれないし,個人事業主なのかもしれないが,いずれにせよ大企業の従業員ではないと思われる。Noneは個人プログラマだ。

 もちろん,あなたも参加できる。世界を変えることを実感できる。

 職業としてのプログラマになることは難しいことではない。しかし,優れたプログラマになるには,たゆまぬ努力と経験が必要だ。多くのコードを読み,コードを書き,改良する。これを続ける必要がある。

 自己流で努力し,経験を積んではいけない。自己流ではすぐ壁にぶつかる。オープンソースの世界に来てほしい。この世界に飛び込めば,自己流のわなにはまる前に,多くのプロフェッショナルの技を学び,盗むことができる。プロフェッショナルがどのようにしてコードを読み,コードを書き,改良していくか---これらを,あなたは目の当たりにできる。

 かつてはプログラマの活躍の場は,企業の中だけに限られていた。それがオープンソースのおかげで企業の壁どころか,地域,国を乗り越えて地球の裏側の人の素晴らしい技術を学び,一緒に経験できるようになった。

 世界最高峰のプログラマと同じ土俵で勝負できる。わくわくするではないか。

 世界には解かれるべき問題が満ちている。そしてそれを解く人を求めている。ちょっとした勇気と行動力があれば,あなたの活躍の場は,すぐそこにある。


よしおか ひろたか
1958年生まれ。ミラクル・リナックス 取締役CTO。1995年から1998年に米OracleにてOracle RDBMSを開発。1998年,Webブラウザ「Netscape」のソースコードが公開されたことを受けて,オープンソースの世界に飛び込む。カーネル読書会の主宰。
http://blog.miraclelinux.com/yume/