システムを設計・開発・運用するシステム担当者と,それを使う利用者。作り手と使い手の間に隙間があると,システムの品質低下など,システム障害の火種となる。

 両者の隙間は,システムへの「関心」の違いから生じる場合が多い。例えば,システムを全体最適の視点で見るシステム担当者と,個別最適の視点で見る利用者。そのせめぎ合いの中で,統一感に欠けるシステムが作られる。

 システム担当者は「システムを止めない」ことに主眼を置く。これに対して利用者の最大の関心は「業務を止めない」こと。認識の違いを埋めなければ,障害の火種はくすぶり続ける。

 また,経営陣がシステムに無関心なことで,システム担当者と利用者の間に構造的な隙間ができる場合もある。こうした隙間を埋められなければ,似たような障害が次から次へと引き起こされるだろう。

 「せっかく作ったシステムが使えなくなったじゃないか!」――。月末の昼下がり,製造業A社のマシンルームに怒号が響いた。声を荒げて入ってきたのは,財務部の中川努部長(仮名,52歳)。近くにいた情報システム部の石田剛氏(仮名,24歳)は,急いで上司の岸本亮一課長(仮名,39歳)を呼びに行った。遠くから2人のやり取りを見ていた岸本課長は“やれやれ”という様子で中川部長の元にやってきた。

 「いったいどうしたんですか?」。岸本課長が訳を尋ねると,「売掛金集計のシステムが動かなくなった」という。「ん?」。それを聞いた岸本課長は首をかしげた。売掛金処理を扱う販売管理システムには,営業部向けに担当者別や顧客別に集計する機能を用意した。しかし,月次で集計する財務部向けの機能など無い。それを中川部長に問うと,1年前に財務部がベンダーに依頼して独自にシステムを作ったという。岸本課長は驚いた。システム部の担当者は誰一人としてその事実を知らない。財務部はEUC(End User Computing)と称して,販売管理システムに接続するシステムを構築していたのである。

 中川部長の話を聞いた時点で,岸本課長は財務部のEUCシステムが使えなくなった理由が分かった。財務部のEUCシステムが接続する販売管理システムは,現在,再構築のまっただ中。既存のデータベースからデータ構造を変えている。財務部が構築したEUCシステムがつながらなくなるのも無理はなかった。

 「勝手にそんなシステムを作るからこういう状況になるんですよ」。岸本課長は思わず口にした。「バカ言え,システム部の対応がいつも遅いから自分たちで作ったんだ。とにかく前のシステムに戻せ」と中川部長。販売管理システムの再構築プロジェクトは,既に移行フェーズに入っている。「今さら旧システムには戻せません」。それを聞いた中川部長は,「バタン」とドアを閉めマシンルームを出て行ってしまった。

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 翌日,岸本課長はシステム部の部長とともに,管理本部の担当役員に呼び出された。そこで,プロジェクトの中断と,財務部門の要求を組み入れるよう指示された。「それは勘弁してください」。2人がそう訴えると「財務部の月次処理は大変重要だ。理解してくれ」の一言。営業部門と二人三脚で順調に進んでいたプロジェクトは,財務部のEUCシステムのために,要件定義への手戻りを強いられた。結局,新システムの稼働は,4カ月も遅れた。

 システム障害の発生,プロジェクトの手戻りを招いた直接の原因は,新システムに移行したために,財務部のEUCシステムが切り離されたこと。

 EUCシステムの存在が考慮されていなかったのはシステム担当者と利用者の間に隙間があったからにほかならない。財務部がEUCシステムを必要としたのは,利用部門の「個別最適」の視点だ。一方の情報システム部は「全体最適」の視点でシステムを見ている。財務部は自分たちの要求に対するシステム担当者の対応の遅さに業を煮やし,独自にEUCシステムの構築を決断したのである。

 あちこちで個別最適のシステムが構築されれば,つぎはぎだらけのシステムとなる。そうなれば,システム担当者に死角が生まれ,システム間連携の不具合やデータの不整合が起きやすくなる。A社の場合も,全体最適の新販売管理システムと,個別最適のEUCシステムの間で不具合が生じた。

 システム担当者としては,全体最適と個別最適のせめぎ合いの中で,調整に乗り出す必要があった。販売管理システムへの接続状況を確認すれば,EUCシステムの存在に気づけたはずだ。もし,EUCシステムの存在を把握できれば,財務部に対してプロジェクトへの参加を呼びかけられただろう。財務部にしても,EUCシステムを構築したことを情報システム部に伝えることは出来たはずだ。こうした歩み寄りの姿勢が無ければ,同様のシステム障害が繰り返されてしまう。