ギークとスーツ,という言葉がある。ITの世界においてギークはソフトウエア開発者を指す。ただの開発者ではなく,腕は立つがあまり一般常識にこだわらない開発者をこう呼ぶことが多い。スーツは,事業を企画したりマネジメントしたりしてビジネスを成立させるビジネスパーソンのことだ。
なぜこの言葉を紹介したかというと,ITproが編集した「Ruby技術者認定試験公式ガイド」の監修者まえがきを,まつもとゆきひろ氏がギークとスーツの話から始めているからだ。「ギーク族はスーツ族に対して『技術もわからないくせに』という意識を持つことが多く,逆にスーツ族はギーク族のことを『人間味に欠けているんじゃないか』と思うことがしばしばあります」と。「このギーク族とスーツ族の対立は,あらゆるソフトウェア開発の現場で見受けられますが,オープンソース界隈では特に顕著です」(まつもと氏)。
このような「ギークとスーツの対立」を解消することを目的のひとつとして設立されたのが,まつもとゆきひろ氏が理事長を務めるRubyアソシエーションである。Rubyはもともと,自分にとって理想の言語を作りたいというまつもと氏の個人プロジェクトとして始まった。やがてまつもと氏のまわりに多くの開発者が集まり,Rubyはギークのコミュニティにより発展してきた。その生産性が評価され,Rubyは楽天やニフティ,クックパッド,食べログ,Twitterなどビジネスの分野でも広く使われるようになった。
しかし,面白いことをやりたいというコミュニティの動機と,安定した品質のソフトウエアが欲しいというビジネスの要求にはギャップも存在する。そのギャップを埋めるため,Rubyの公式サイトを運営したり,Rubyの品質を安定させるために働く技術者に報酬を提供したりといった活動を行うのがRubyアソシエーションである。
コミュニティとビジネス,ギークとスーツのギャップを埋める。これは,まつもと氏が長い間取り組んできたことだ。まつもと氏は,プログラミングを楽しくするためにRubyを作った。しかし「お客様のためにシステム作っているのに,楽しいなんてバカじゃないのと言われた。作ったソフトウエアを無料で公開するなんてバカじゃないのと言われた。でも反論したい。楽しければ生産性が上がる。バカじゃないのと言われ続けても,そのギャップを埋め続けていく」。まつもと氏はこう話していたことがある。