◆今回の注目NEWS◆

デジタル新時代に向けた新たな戦略~三ヵ年緊急プラン部分~(案)(IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会、3月2日)

【ニュースの概要】IT戦略本部は3月2日、「デジタル新時代に向けた新たな戦略~三ヵ年緊急プラン部分~」を公表した。電子政府、医療、環境・知識創造、人材育成の4分野に総額3兆円を投資して40万~50万人の雇用を創出する計画だ。


◆このNEWSのツボ◆

 IT戦略本部で、政府の新たなIT戦略についての検討が進められている。今回のキャッチフレーズは「デジタルジャパン」ということだ。

 復習のために、政府のIT戦略の大きな流れを振り返ると、5年ごとに「基本戦略」とも言うべきものが作成・公表されている。これは、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法に基づくもので、言ってみれば、政府のIT政策の根幹をなす戦略である。

 最初は「e-Japan戦略」。2000年に策定、2001年に公表された。2005年を目標として、主としてIT化推進のためのインフラや制度などの環境整備に重点を置いたものだ(2003年のe-Japan戦略IIで補強)。続いて2006年に公表された「IT新改革戦略」である。2010年を目標に、主としてITの利活用に重点を置いている。

《参考》IT戦略の沿革
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/enkaku.html

 そして、今回が「デジタルジャパン」ということになるのだが、これは、従来の二つの「大戦略」とは、少し趣が違うようである。今までの二つの戦略は、それぞれ5年を目標期間としてきたが、今回は2009年から2015年をスパンとした中長期戦略と、今後3年間を対象とした「緊急戦略」の二つが核となる。

 そして、ここで取り上げた「デジタル新時代に向けた新たな戦略」は、このうちの「緊急戦略」の骨子として起草されたものである。

 IT戦略本部の委員の1人である、慶應義塾大学の国領二郎教授の力作であり、デジタル化の推進に当たっての三つの壁、すなわち、

  • デジタル化されていないため開示や共有ができない
  • つながらない
  • 制度や能力が不十分で活用できない(制度と人材)
の打破に重点を置いて書かれている。

 確かに、日本のIT化はブロードバンドの推進や新世代無線技術の活用(3G→4G無線技術や地上波デジタルなど)を中心として、世界でも有数のレベルにあるが、その利用に当たって、幾つかの壁が存在することは事実である。この報告書の中でも取り上げられている電子行政の遅れ(公的個人認証は大々的に推進されているにもかかわらず、いまだ登録者は100万人=1%のレベルである)などは、その典型であろう。

 ただ、若干の危惧は、広く「デジタル化の壁の打破」を掲げているにもかかわらず、政策として提言されているものが、特定分野の特定の政策に偏っているように思われることである。また、この報告書で具体的な政策として例示されているものに、「つながる電子行政」や「グリーンクラウド」「健康情報スーパーハイウェイ」があるが、正直に言えば、それが一体どういうものなのか? 具体的によく分からないと思うのは筆者だけだろうか?

 過去の「中・長期戦略」では、例えばブロードバンド普及の具体的な数値目標であるとか、ETCの全国普及であるとか、(あまり品は良いとは言えないが)分かりやすく明確な「柱と目標」が存在した。IT化、デジタル化が進むにつれて、政策は細部に入らざるを得ず、こうした「分かりやすく骨太」な政策の柱が描きにくいのは事実である。しかし、あまり具体的なイメージが煮詰まらず、また、様々な問題の検証も不十分なままに突き進めば、膨大な国費の無駄遣いになりかねないことも過去の事例が証明している。

 電子行政の推進はe-Japan戦略の時から取り上げられてきたものであるが、10年たっても十分な成果を上げていない。これをどう進めて「つながる電子行政」としていくのか? 他の二つ(「グリーンクラウド」「健康情報スーパーハイウェイ」)については、悪く言えば、クラウドコンピューティングやSaaS、グリーンITといった“流行語”に触発されて、何となく「耳に心地良い政策」を列挙したようにも見える。

 世界経済が未曽有の危機に苦しみ、巨額の財政出動も予定されている昨今、IT分野はそのポテンシャルからして大きな政策投資の候補ではあろう。だからこそ、本当に効果のある政策投資を期待したいし、それが「イメージ先行」にならないよう願いたいものである。

■編集部追記
コラム脱稿後の3月24日、「デジタル特区」(仮称)での重点プロジェクトの加速などを盛り込んだ「三ヵ年緊急プラン」原案が公表された。安延氏が指摘したような数値目標は盛り込まれなかった。
安延 申(やすのべ・しん)
フューチャーアーキテクト社長/COO,
スタンフォード日本センター理事
安延申 通商産業省(現 経済産業省)に勤務後,コンサルティング会社ヤス・クリエイトを興す。現在はフューチャーアーキテクト社長/COO,スタンフォード日本センター理事など,政策支援から経営やIT戦略のコンサルティングまで幅広い領域で活動する。