経営者にとって、情報システムは頭痛の種になりがちだ。業務に必須だが投資に見合った効果が出るとは限らない。ほかの設備投資に比べて専門的で難解でもある。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、ベンダーとユーザー両方の視点から、“システム屋”の思考回路と、上手な付き合い方を説く。

 前回(第4回)は、日本企業のITコストが下がらない構造的な要因を、IT人材不足の観点から説明しました。

 もう1つ、重要な要因が“システム屋”の「顧客第一主義」にあると考えています。

 ITベンダーやシステム・インテグレーターの組織図を見ると、おおよそどこの企業も相似形を成しています。顧客企業の業種ごとに組織が作られているのです。例えば、金融システム事業部や流通システム事業部、製造システム事業部などといった具合です。

 この体制はさらに、金融システム事業部の顧客がA銀行、B銀行、C証券、D保険であれば、それぞれの顧客に対応する体制を部あるいは課として構成します。何人が所属しているかを見ることで、収入規模を簡単に推測することができます。

 この体制に沿って「顧客第一主義」を貫くことは、分かりやすくて便利でもあることから、多くのITベンダーで採用されてきました。

生産性が向上するのは最初だけ

 顧客の業種ごと、企業ごとに組織を作るという方法は、何もITベンダーだけではありません。法人に対してビジネスを行っている多くの企業の営業部門は、このような形をしているのではないでしょうか。

 しかし、ITベンダーのサービス内容に照らし合わせると、この原理だけで組織を作っていることに私は問題を感じます。

 顧客であるユーザー企業の立場から見れば、2つの大きな問題があります。1つは、支払う費用に見合った生産性の向上を望みにくいこと。もう1つは、業種内に閉じた発想しか出てこなくなることです。

 1つ目の問題ですが、ITベンダーは一般に情報システムを開発して、保守・運用も請け負うなど、ユーザー企業に対するサービス期間が長期にわたることが多いのが特徴です。時間の経過とともに、ITベンダーは慣れてきますし、経験や業務知識も蓄積されてくるでしょう。それに従って生産性は高まり、コストに対する付加価値は当初、増大するものと考えられます。

 しかし、この対コスト生産性が一定レベルに達した後が問題です。ITベンダーのコスト構造を見れば、ほとんどが人件費です。経験年数に応じて社員の給与を上げていきたいITベンダーは、人件費の上昇以上に付加価値を増大させ、それに応じて顧客からの収入を増やさなければなりません。ところがリスクを抑えたいITベンダーは、付加価値ではなくコストをベースとして価格設定しています。すなわち「この技術者は1人月いくらだから」という価格方式です。