外注改革の結果、ITサービスの請負の適正化は確実に進んだ。しかし業界の懸念は消えていない。適正な請負の範囲を巡って、現場では混乱が起こっている。

 最近、業界の懸念材料が一つ浮上した。昨年末に、東京労働局がWebなどで公開していた、ITサービス業向けの請負と派遣を区分する点検表が削除されたのである。「具体的な内容に踏み込んだ唯一のチェックリストが点検表。現場での判断材料に使う上で、非常に重宝していた」(JISA取引部会長を務めるNSSOLの森中部長)だけに業界の不安は大きい。

 厚労省の鶴谷課長補佐は「外形的な基準ばかり着目され、『作業場所を区切れば問題ない』といった、さまざまな誤解が点検表には生じていた。そこで、あらゆる業種向けの点検表をいったん削除することにした」と、事情を説明する。

 現在のところ、厚労省は新たな点検表を作成する予定はない。「適正な請負かどうかは、指揮命令の有無をベースに総合的に判断する。疑問があれば、個別の事例ごとに、遠慮なく労働局に問い合わせてほしい」と鶴谷課長補佐は話す。

JISAが要望を提出へ

 適正な請負の範囲に関する、同様のとまどいはほかにもある。

 ITサービス業界では日常的になっている「現場をうまく回すためのコミュニケーション」が、不適切な指揮命令と見なされる恐れがあるのだ。システム障害などの緊急時に、責任者を飛び越えて作業者がユーザー企業の指示を仰ぐような行為などである。

 労働局は、業務請負で現場の作業者が、発注者とあいさつをしたり意見を交わしたりする行為を禁じてはいない。それでもNSSOLの森中部長は、「ITの専門知識が細分化したことで、最近は偽装請負に抵触するリスクが高まっている」と話す。

 森中部長は、顧客と小人数の開発チームで打ち合わせる場面が増えたことを気に掛ける。顧客に開発途中の成果物を見せて、追加要望を聞きながら開発を進めるアジャイル開発にも同じような懸念がある。

 個別の事例になると、各都道府県の労働局ごとに基準が異なることがあることも、SIerにとっては悩ましい問題だ。

 森中部長は、ある府県の労働局の担当者が「人月単価で対価を得る準委任契約は、本当に業務の請負といえるのか疑わしい」と発言した例を挙げる。「東京労働局では、既に準委任契約が請負の一形態であると確認済み」(森中部長)であるにもかかわらず、見解が異なっているわけだ。

 こういった点以外にも、JISA取引部会はSIの現場で請負として認めてほしい事例について議論している。今年6月中にも内容をまとめ、厚労省などの関係機関に要望として提出する考えだ。

 (図1)は2007年時点でJISAが挙げた主な要望である。例えば準委任契約では、作業者の業務経験やスキルなどを発注者に提出することや、採用を目的としない事前の面談などを認めてほしいと要望している。森中部長は「業界にも正すべき点はあるが、顧客との意思疎通が欠かせないといった業務特性を理解してもらいたい」と訴える。

図1●JISAが現在までにまとめている業界の要望と厚生労働省の見解
図1●JISAが現在までにまとめている業界の要望と厚生労働省の見解
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 これに対し、厚労省の鶴谷課長補佐は「請負では、受注したSIerが作業者の構成や人数、仕事の進め方を判断するはず。なぜ作業者の情報提供や面談が必要なのか、その理由が分からない」と話す。責任者が不在であるといった緊急事態の対処方法については「特定の作業者がサブの責任者を兼ねるなどの方法がある」と提案する。それでも、すべての作業者が責任者を兼ねることはおかしいと言う。

 厚労省の判断基準と、JISAが要望する請負の範囲には隔たりがありそうだ。