シンガポール。マイクロソフトが4月から日本向けに提供を開始する企業向けクラウド・コンピューティング・サービス「Business Productivity Online Suite(BPOS)」の「雲(クラウド)」の場所である。ユーザーが利用する電子メール・サービスのサーバーは、同社のシンガポール・データセンターで運用される。

 「シンガポールでデータセンターを運用した場合、ネットワーク遅延が問題にならないのか」。そう質問する筆者に対して、同社インフォメーションワーカービジネス本部でBPOSを担当する磯貝直之氏は、「マイクロソフト日本法人が現在使用するサーバーも、シンガポールで運用している。問題は生じていない」と言い切る。BPOSは、Exchange ServerやSharePoint Serverといったいわゆる情報系のアプリケーションを、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)方式で提供するもの。利用企業は社内のデータを、海を越えたシンガポールのデータセンターに預けることになる。

 CRM(顧客関係管理)アプリケーション「Salesforce.com」を提供するセールスフォース・ドットコムも、日本向けサービス用のサーバーを現在は米国内データセンターで運用する。セールスフォース・ドットコムに関しては2009年3月17日、興味深い発表があった。同社とNTTコミュニケーションズは、山梨県甲府市が「定額給付金支給管理システム」に「Salesforce over VPN」を採用したと発表した。

 セールスフォース・ドットコムは、総務省が進める「ASP・SaaS安全・信頼性に係る情報開示認定制度」の認定第1号である。旧郵政省だけでなく旧自治省の流れもくむ総務省(の外郭団体である財団法人マルチメディア振興センター)が「お墨付き」を与えているのだから、地方自治体への説明もしやすかったことだろう。かくして、甲府市民が定額給付金を受け取ったか否かというデータは、NTTコムのVPNを経由して米国のデータセンターに送られ、そこで処理されることになった。

 セールスフォース・ドットコムは現在、同社としては初の「米国外データセンター」をアジア地域で建造中。ただしその場所はシンガポールだ。同社は日本でもデータセンターを運用する予定はあると述べているが、時期は明言していない。

 クラウド・コンピューティングの主要企業が運用する巨大データセンターは、現在日本を素通りしているわけだ。さてこれは、良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。

 クラウド・コンピューティングの基本原則は「規模の経済」である。日本よりも低コストで運用される海外の巨大データセンターから、安価なサービスが供給されるのであれば、ユーザーは何も国内のデータセンターにこだわる必要はない。

 一方、「個人や企業、政府のデータが国外で処理されている」と聞くと、不安に感じる人もいるだろう。クラウド・コンピューティングを語る上で避けて通れないのがセキュリティの話題である。データセンターが日本にある方が、クラウド・コンピューティングに対する心理的な抵抗が小さくなるのは間違いない。

 結局のところ、利用者にとって重要なのは、安価で信頼性の高いサービスが提供されるかどうかだけである。「国内であれば安全で、国外だと危険」という確証があるわけではないし、公的な認定制度も、データセンターの場所を問題視していない。クラウド・コンピューティングの主要事業者が米国企業ばかりであることを考えれば、「巨大データセンターの日本素通り」が定着するかどうかは、彼らの動向次第としか言いようがない。

 そこで筆者が現在注目しているのが、米アマゾン・ドット・コムの動向である。同社は現在、クラウド・コンピューティング・サービスの「Amazon EC2」や「Amazon S3」を、日本を含むアジア地域向けに提供することを検討しているからだ(関連記事:「アジアでも早期にEC2を」、米アマゾンのエバンジェリストが明言 )。

 現時点でアマゾンは、EC2/S3用のデータセンターを日本で運用するのか、日本以外のアジア地域で運用するのか明らかにしていない。もしアマゾンもデータセンター立地として日本国外を選べば、巨大データセンターは当面、日本に来ないのではないかと考え始めている。

 最後に、クラウド・コンピューティングに関して一件宣伝をさせていただきたい。ITproと日経コンピュータは4月10日に、「クラウド開発者/利用者のための|徹底理解 Amazonクラウドサービス」というイベントを開催する。アマゾン子会社の米アマゾン・ウェブ・サービシズからJeff Barr氏を招き、同社のクラウド戦略を語ってもらう。Barr氏は、クラウド・コンピューティング・ソリューションの戦略立案を担当するキーパーソンの一人である。

 またイベントでは、アマゾンの担当者だけでなく、SaaS事業にAmazon EC2を活用しているTISの並河祐貴氏や、パッケージ・ソフトウエアの開発・テストにAmazon EC2/S3を使用しているプリファードインフラストラクチャーの太田一樹氏など、先行ユーザーの生の声もお届けする。アマゾンの動向が気になる方には、ぜひとも参加していただきたい。