1960 年生まれ,独身フリー・プログラマの生態とは? 日経ソフトウエアの人気連載「フリー・プログラマの華麗な生活」からより抜きの記事をお送りします。2001年上旬の連載開始当初から,現在に至るまでの生活を振り返って,週1回のペースで公開していく予定です。プログラミングに興味がある人もない人も,フリー・プログラマを目指している人もそうでない人も,“華麗”とはほど遠い,フリー・プログラマの生活をちょっと覗いてみませんか。
※ 記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります。

 前回のあらすじ:フリー・プログラマとして独立してから7~8年が過ぎた。経済状況がひっ迫してきた私は年が明けるとついに背水の陣の覚悟で,仕事仲間のオフィスに通って作業をすることにした。


 新しい仕事を始めるときに,まずやることがある。作業環境の整備である。世の中には器用な人がいるもので,与えられた環境でさっさと仕事をこなせる人がいる。私は残念ながら逆である。こういう設定をしておけば,もしくは,あのツールを使えばもっと労力が省けるのに,などと思いながら作業をするのが苦痛でならない。

 そういうわけで,自前のキーボードを持ち込み,客先のサーバーへのログイン環境を自分用にセットアップし,修正したプログラムの更新手順も,従来行われてきたやり方を外さないようにしながら自分向けにアレンジする。同時に顧客の要件について説明を受け,このチームがいままで利用してきたライブラリを使って,どのようにして実装するかの方針を教えてもらう。ここまでで約2~3日だろうか。今回は最初の仕事なので事前打ち合わせの時間も必然的に長めになる。おかげで環境整備にかかるオーバーヘッドはさほど目立たない。

 オフィスのうち,20畳ほどの部屋が主な仕事場になっていて,数人のスタッフが,それぞれ壁に向かって座るようになっている。開発の仕事をする技術者は,私を入れて3~5人といったところである。多忙なため,中にはほとんど泊まっているかのような人もいる。

 慣れない環境ではあるが,自宅で一人きりで作業するのに比べてよい部分もある。周囲が仕事に没頭しているため,私も余計なことを考えずに集中できる。これはいい,とばかりに私も2~3日泊り込んだ。彼らの環境で仕事をするのは初めてなので,ほかのスタッフに比べればどうしてもペースが落ちる。そのぶんだけスケジュールがタイトになるのを補おうとしたのである。

 10日ほど経過しただろうか。最初のマイルストーンをなんとかクリアし,新しい環境にも多少慣れたかな,と思い始めたころ。往復約2時間の通勤時間が惜しい気がしてきたので,自宅の作業に切り替えてみた。ところがこれがよくなかった。突然緊張から解放されたためだろうか,すっかり気が緩んでしまったのである。これはまずいと思い,もう一度オフィスに顔を出す。そこで「それで,進ちょくどう?」と聞かれて真っ青になる。自宅で作業するようになってから,ほとんど進んでいなかったのである。

 ただ遊んでいたのではないが,どんな理由があったとしても,顧客と約束したサービスインの日程に間に合わなければ,申し開きができないどころか莫大な損失さえ発生しかねない。そういうわかりきったことを言われ,叱責を受けながら,ああ自分はこんな初歩的なことを他人に言われてしまうほどルーズなのだ,ということを改めて自覚する。

 落ち込んでいる間もなく,またもや2日ほど泊り込み,なんとか挽回をはかる。明け方近くまで作業をしても昼に寝ているわけにはいかない。顧客からの問い合わせや連絡に対応できないからだ。時間調整を図り,平日の昼にダウンしている状況をなんとか回避しつつ,せめて最低限の状況まで挽回しようと必死である。

 毎日,朝起きると出かける支度をし,終電近くまで作業を続けて自宅に帰るとただ寝るだけ。こんな日々が3週間ほど続いただろうか。帰りの夜道,日ごろあまり外出することもなく,長らく金欠気味であったことも影響して,防寒できるような服がない。持っているのは厚手の長袖トレーナーだけだ。暖冬であったとはいえ,それでもかなりこたえた。いま思い起こすと,そのころはまだ,職場では暗い顔をし,何かあると消え入るような声で「すみません」とつぶやきながら頭を下げる私であった。自分の失態や進ちょくの遅れなどを真正面から指摘してもらえる環境にいた経験がほとんどない私にとって,それはかなり厳しい状況だったのだ。

 しかし,あるとき,こんなことが頭をよぎった。職場に立場のよくない人がいたとして,だからといっていつも暗い顔をして,ミスをするたびに悲しそうな顔でごめんなさいを繰り返すようなタイプであったら,どう感じるだろう。それよりも,過ちは過ちとして正面から受け止めてきちんと対処し,過ちを繰り返さないように努力を怠らず,凛とした態度でいるほうが好感が持てるのではないだろうか。実際,そういう人は私のまわりにもいたはずである。

 そう思って,その次の日から態度を変えてみた。すると,周囲の人は別に変な顔もせず,受け入れてくれるではないか。要するに,自分のことを一番情けないと思っていたのは,自分自身だったようである。おかげで自分の精神状態も明るく保てるし,少なからず自己主張もできるようになった。根性漫画の世界のように思われるかもしれないが,「どんな時にも明るい気持ちを失わずに」というのは大事なことなのだと実感した。

 その後,当の仕事は無事サービスインを迎えることができ,私にも少し自信が付いた。この調子で行けば収入も安定していくに違いない。時々失敗をしたり,悪い癖が出てしまうこともあるが,以前のように暗い顔でうつむいたりはしなくなった。何かあるたびに周囲が自分を責め苛んでいるように感じているのは,自分が作り出している世界にすぎなかったようだ。

 いい歳をして,こんな単純なことに気がつくなんて,と言う人がいるかもしれないが,私は気にしない。むしろ,この歳になってさえ自分の考え方を変えることができたということを喜びたい。本来ルーズな私であるから,省みるべきことはまだたくさんある。しかし,常に正面を見てチャレンジを続ければ,きっといい将来が待ち受けているに違いないと思うのである。