この記事は,日経ソフトウエア2008年5月号,短期集中連載「ニコニコ動画開発記(下)」の再録です。記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります。
鈴木 慎之介(すずきしんのすけ)
ドワンゴ 研究開発本部 第二開発部 ポータル機能開発セクション セクション マネージャー
鈴木 慎之介(すずきしんのすけ) 筆者はときどき,風呂にPCを持ち込んで長時間作業しています。換気を十分に確保してから半身浴します。風呂にフタをして,PCはその上に置きます。なかなか気持ち良いです。ニコニコ動画(仮)の一部はお風呂で作ってました。実は意外と多い風呂グラマw。試すときは水分補給を忘れずに。ペットボトルが便利です。
http://d.hatena.ne.jp/shinno

 この連載「ニコニコ動画開発記」は,筆者が開発と運用に携わる動画共有サイト「ニコニコ動画」のサービスインから現在までを,開発者の立場から振り返ってまとめるものです。前回の「激闘! フェニックス・プロジェクト」では,YouTubeのアクセス遮断を受けて,ニコニコ動画(γ)とSMILEVIDEOを立ち上げるまでの1週間強を書きました。

 今回は,その後の“すごい勢い”で進化したニコニコ動画を,素早く振り返ってみます。登録ユーザーの数,ニコニコ動画の機能,開発チームの人員,サーバーの台数…すべてがすごい勢いで増え続けた9カ月間でした。

帰ってきたユーザー、やってきた荒し

 (γ)を再開したら,ユーザーが帰ってきてくれて,筆者の目頭が思わず熱くなった---前回の最後で書いたのは本当のことで,泣けるほどうれしかったのも事実です。でも,ドラマや映画とは違い,現実は美しい話ばかりでもないようです。

 まず,おなじみのバグ修正です。いくらテストしても,やはり本番稼働後は小さなバグが次々と見つかります。バグの現象を再現して,原因を見つけ出し,直す。この作業を地道に繰り返します。

 負荷対策も相変わらず必要です。ニコニコ動画のユーザー数と負荷は,2006年のサービスイン以来,まっすぐ伸び続けています。筆者もドワンゴも,PC向けサービスでこれだけの負荷を体験するのは初めて。ノウハウ不在のなか,ボトルネック(図1)を見つけては,ソフトウエアのチューニングや,サーバーや回線の増強をします。

図1●一般的なWebシステムにおけるボトルネックの代表的な例。どこか一つが足らなくなると,性能が不足し,システムの応答速度が落ちたり,応答しなくなったりする。この弱点をボトルネックと呼ぶ。ボトルネックを改善すると,ほかの部分が新たなボトルネックとなることがよくある
図1●一般的なWebシステムにおけるボトルネックの代表的な例。どこか一つが足らなくなると,性能が不足し,システムの応答速度が落ちたり,応答しなくなったりする。この弱点をボトルネックと呼ぶ。ボトルネックを改善すると,ほかの部分が新たなボトルネックとなることがよくある

 このころから,対策にかかわる仕事が一つ増えました。“荒らし”ユーザーの対策です。荒らしとは,ほかのユーザーにとって不快なコメントを投稿して,場を荒らしていくユーザーのことです*1。インターネットで公開されたサービスを運用する限り,システムを荒らしていくユーザーへの対処は避けて通れません。

 なにをもって不快と見なすか,という判断は難しいのですが,明らかにほかのユーザーを不快に感じさせて,コンテンツの意味を無力化することを狙ったコメントが投稿されています。ユーザーに楽しんでもらう目的でサービスを提供する立場としては,対策せざるを得ません。実際,ユーザーからも,そのような要望が上がっていました。

 ニコニコ動画は,動画の時間軸を共有してコメントを付けるサービスです。コメントが絶妙のタイミングで発せられるのが魅力ですが,これは絶妙のタイミングで荒らすコメントを付けられることも意味します。コメントが集中したときに,画面内にコメントを派手に散らす“弾幕”モードは,動画の盛り上がりを示すこともできれば,荒らしユーザーが派手に荒らす道具としても活用できるわけです。どんな方針で,どのように対策していくかに悩みつつ,コメントの連続投稿規制や,ユーザーの申告による特定ユーザーのコメント書き込み規制などの処理を追加することで対処しました。

 こういった荒らしユーザー対応の処理は,戀塚*2,志賀*3,筆者の3人で開発しました。同時に,なんとか時間を作って,新規開発もこなしていきます。そうこうしているうちに,システムの負荷がまた増大してきました。ユーザー数も相変わらずの勢いで増え続けています。

 少し涙目になりかけていたところ,朗報がありました。3人増員の話が決まったのです。すぐにプロジェクトに合流してもらいます。このうち2人は,2ちゃんねる*4での人材募集にエントリしてドワンゴに入社した,齋藤*5と藤田*6でした。彼らはのちに,厳しく,大きな仕事をなしとげます。