「メンバーに指示したのに思った成果が得られない」「決定事項をユーザーにひっくり返される」。メンバーやユーザー側の担当者の思わぬ動きに翻弄されて起こるのが「手戻り」だ。残業の多いITエンジニア共通の悩みである手戻りをなくすノウハウを紹介する。

本記事は日経SYSTEMSの特集をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てた開発・運用現場の本質は今でも変わりません。

 ITの現場における残業の原因として真っ先に思い付くのは作業の「手戻り」ではないだろうか。プロジェクトで起こる手戻りのうち,ITエンジニアが最もこたえるのは,せっかくまとめた要件や仕様の内容がひっくり返されることだろう。

 製造業コンサルティング会社,ネクステックでプロジェクト・マネージャを務める,北山一真氏(マネジャー)も苦い経験を持つ。ユーザー側のマネージャと要件の合意に達した矢先,別の役員から「何でそんな大切なことを私に相談せずに決めたんだ」と怒鳴られたのだ。結局,その役員の意をくんで資料の大幅な手直しが発生。他の作業も並行させるため「深夜残業が続いた」(北山氏)。

合意形成する関係者を絞り込む

 北山氏はこのことを,「相手の役員が悪い」で片付けなかった。今後も発生し得る問題ととらえ原因を検討し,「誰が要件や仕様を決めるかという合意形成の役割分担を明確にしていないのがよくなかった」と考えた。

 そこで北山氏は2006年,プロジェクト開始前にユーザー側のマネージャと,ある確認作業を始めた。プロジェクトの各タスクで作成される成果物の内容について,最終的に責任を持って承認する人物(決裁者)を,開発側とユーザー側の双方で明確化し,一覧表にまとめるようにしたのだ(図1)。

図1●合意形成する関係者の絞り込みによる残業削減の施策<br>ネクステックの北山一真氏は,プロジェクト開始前,各タスクでの成果物の内容について誰と合意するかを明確化することで,手戻りによる残業時間を抑制した
図1●合意形成する関係者の絞り込みによる残業削減の施策
ネクステックの北山一真氏は,プロジェクト開始前,各タスクでの成果物の内容について誰と合意するかを明確化することで,手戻りによる残業時間を抑制した
[画像のクリックで拡大表示]

 ここで「下手に責任を持つ人物を明確化しようとすると,あの人もこの人もと増えて,余計に合意形成が難しくなるのでは」と思うかもしれない。そこで北山氏は「このタスクをレビューするには半日はかかりますよ。部下の方に任せてはどうですか」と提案しながら表を作るようにした。これで,各成果物の内容について,合意するユーザー側の人物を絞り込めるうえに「あとで文句が出なくなった」(北山氏)。

合意取れている状態をゴールに設定

 加えて,北山氏はメンバーに与えるゴールの設定の仕方を変えた。従来,メンバーの多くは成果物を作成し,レビューを受けることをゴールとしてとらえていた。つまり,成果物が画面定義書で納期が10月末日のとき,10月末日までに画面定義書を作成し,レビューを受けるという意識だった。これでは問題があるのは分かるだろう。画面定義書のレビューを受けたとき,それをレビューした人が合意しなければタスクは終わったことにならない。レビュー後の意見調整や修正の期間だけ納期が遅れてしまう。

 そこで北山氏は,成果物の内容に関して関係者と合意が取れている状態をゴールとした(図2)。例えば,「運用引き継ぎの項目一覧を作成し,業務リーダーと項目に関して合意が取れている」といった具合だ。これにより各メンバーが「いつまでにどうなっていなければならないか」という状態を思い浮かべ,自ら考えてスケジュールを立てるようになっていったという。

図2●合意形成を含めたゴール設定による残業削減の施策<br>ネクステックの北山氏は,合意が取れている状態をゴールにして計画を立てることで,合意形成のための調整や修正の期間が次のタスクの作業期間に食い込むことを防ぎ,残業時間を削減した
図2●合意形成を含めたゴール設定による残業削減の施策
ネクステックの北山氏は,合意が取れている状態をゴールにして計画を立てることで,合意形成のための調整や修正の期間が次のタスクの作業期間に食い込むことを防ぎ,残業時間を削減した
[画像のクリックで拡大表示]

 この取り組みにより,決定事項がひっくり返されたり,メンバーに任せたタスクの進捗が大幅に遅れたりすることは激減した。「以前のように計画外の残業によって,終電や明け方まで会社に残るといったことはなくなった」と北山氏は効果を語る。

 北山氏の例からも分かるように,残業に直結する手戻りを防ぐには,事前の合意形成が何よりも重要である。ITの現場で合意形成をすべき相手としては,チーム内のメンバー,ユーザー側の担当者の二つが挙げられる。以降では,メンバー,ユーザー側の担当者の順で,手戻りをなくす合意形成の工夫をそれぞれ紹介する。