「ITの現場に残業はつきもの,減らせない」。あなたはこう諦めていないだろうか。仕事量が1.5~2倍に増えたことを機に,逆に残業時間を半減させた現場がある。どう取り組み,何をどう変えたのか。まずは,その事例をご覧いただきたい。

本記事は日経SYSTEMSの特集をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てた開発・運用現場の本質は今でも変わりません。

 「残業時間が増えるどころか,以前の半分にまで減らせるとは」。NECビッグローブで社内システムの開発を手掛けるサービス開発本部 マネージャー,小泉智明氏は,こう言って驚きを隠さない。

 同社が残業削減の取り組みに乗り出したのは,2006年秋。それからの1年で,社内システムの開発部門が手掛ける案件の数は,1.5~2倍に増えた。その間,人員増はほとんどない。それにもかかわらず,1人当たりの残業時間を最大で半減させたのである(図1)。その取り組みを紹介するため,話は今から1年ほど前にさかのぼる。

図1●NECビッグローブの開発部門が直面した残業に関する課題と改善効果<br>NECビッグローブのシステム開発部門であるサービス開発本部は2006年秋に,残業削減の取り組みを開始。ほぼ1年後には,人員の補充なしで仕事量が5~10割増えたにもかかわらずITエンジニア個人の残業時間を最大で2分の1に削減した
図1●NECビッグローブの開発部門が直面した残業に関する課題と改善効果
NECビッグローブのシステム開発部門であるサービス開発本部は2006年秋に,残業削減の取り組みを開始。ほぼ1年後には,人員の補充なしで仕事量が5~10割増えたにもかかわらずITエンジニア個人の残業時間を最大で2分の1に削減した
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残業増必至の組織再編がきっかけに

 これまで社内の各業務部門が独自に進めていた開発案件を,サービス開発本部に集約する──。2006年秋,サービス開発本部のメンバーのもとに,この知らせがもたらされた。現場が騒然となったのは言うまでもない。「どうにかできないんですか」「人員は増えるんですよね」。危機感を覚えたメンバーの声に,マネージャである小泉氏は首を横に振るしかなかった。

 「また残業が増えるのか」。そんな諦めに似た言葉が聞こえるなか,「効率的に仕事をこなす方法を考えて,残業増加に歯止めをかけよう」という声が何人ものメンバーから挙がった。この声を小泉氏は待っていた。意欲的なメンバーを中心に,サービス開発本部全体で,残業削減の取り組みに乗り出した。「失敗しても構わないから」と,メンバーが考えた残業削減のアイデアを矢継ぎ早に実行していった。期待外れで取りやめたものもあるが,いくつかの取り組みは大きな効果をもたらした。それは次のようなものだ。

退社時刻を一人ひとりが毎朝宣言

 毎朝9時から10時にかけて,サービス開発本部のオフィスに設置されたホワイトボードの前がにぎやかになる。「用事があるので,今日は定時(17時15分)までに仕事を終わらせます」「私は19時が目標です」。1日の作業を始める前,部署ごとにメンバーが集まり,作業開始前に一人ひとりが帰る時刻を宣言しているのだ(図2左上)。

図2●NECビッグローブにおける残業削減の施策<br>NECビッグローブのサービス開発本部は,残業削減策として毎日その日の退社時刻を宣言させるなどの取り組みを行っている
図2●NECビッグローブにおける残業削減の施策
NECビッグローブのサービス開発本部は,残業削減策として毎日その日の退社時刻を宣言させるなどの取り組みを行っている
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 この効果は,「やるべき仕事を終えれば周りに気兼ねせず帰れる」という雰囲気を作ることにとどまらない。サービス開発本部のメンバーの一人,近藤正史氏は「退社時刻を自分で宣言したからには,何としても達成したいという気持ちになる」と説明する。これが適度な緊張感を生み,「気のゆるみ」をなくす,という効果につながる。

 さらに,このホワイトボードを使ってもう一つの話し合いをする。ホワイトボードはあらかじめ,タテにメンバーの名前,ヨコに曜日を並べて罫線で区切ってある。この罫線で区切ったマスごとに,各メンバーが1日に行うタスクを書き出した付せんを貼り付けるのだ。負荷がだいたい同じになるようにタスクを分割し,付せん1枚に一つのタスクだけを記す。これにより付せんの数を見ることで,各メンバーの作業負荷を大まかにつかむ(図2右上)。

 ホワイトボードを見ながら,付せんの数が多いメンバーに対して,「忙しそうだからこのタスクは私が代わろうか」「そのドキュメントなら過去のものを多少手直しするだけで簡単に作れるよ」といった具合に助け船が出される。こうして,メンバー間の負荷の「偏り」をなくすわけだ。実際に,「特定のメンバーに負荷が集中して,長時間残業を強いられるケースがほとんどなくなった」(近藤氏)。

 さらに社内の業務部門や協力会社の作業が終わらないと,先に進められないタスクの付せんは,ホワイトボードの「他者都合遅延」と書いた欄に貼る(図2右下)。この欄に貼ったタスクについては,メンバーの上司が責任を持つ。業務部門や協力会社に掛け合って,依頼した作業を終えるように打診する。これにより,作業が遅れて納期間際に残業が増えることを防ぐ。