ERP導入プロジェクトの最初のステップは,企画部門が中心になって行う,グランドデザイン・フェーズであることが多い。グランドデザイン・フェーズでは,経営課題や経営層のニーズを抽出し,それらを解決した“こうありたい姿”を定義する。そして,こうありたい姿を実現する手段として,ERPの適用を評価する。具体的には,以下のようなタスクを実施する。

1.現行経営課題の抽出
2.新たな経営ニ-ズの抽出
3.経営課題・経営ニーズの解決策策定
4.解決策の実現手段として適用システム(ERP,個別パッケージ,手作り)の比較評価
5.新システムの要件整理・全体像の作成
6.RFP作成
7.提案比較・選定

 このグランドデザイン・フェーズで「ERPと現行機能との比較」をやってはいけない。両者を比較し,ギャップが生まれた部分をERPに無条件で合わせてしまうと,経営課題・経営ニーズの解決が達成されないからだ。顕在化・潜在化した経営課題は,ERPを導入するだけで自然に解決するわけではないのである。

 確かに,ERPには合理的な業務モデルが備わっている。それを採用することでビジネスモデルを最適に近づけたり,データが一元化されることで経営判断がしやすくなったりするといったメリットがある。ERPと現行機能を比較し,合わない部分をERPに合わせてERPを導入すれば,メリットを享受でき経営課題・経営ニーズが解決されると考えがちだ。

 しかし,それで目的が達成されることはまれである。経営課題・経営ニーズの最適解が,ERPが提供する合理的な業務モデルやデータ一元化であるとは限らない。また,ERPでカバーできていない領域の課題は解決されない。その結果,ERPは導入できるかもしれないが,経営ニーズ・経営課題の解決は不完全なものになってしまう。

 例えば,営業が立案する販売計画と生産が立案する生産計画が連動していないため,余分な原材料を仕入れてしまい,その結果在庫が多いという潜在課題があった場合を考えてみる。ERPは販売計画を生産計画に変換してシミュレーションMRPを実行し,最適な原材料調達を提案する機能を持っている。だから,ERPを導入することでプロセスが最適化され潜在課題は解決するかもしれない。しかし,もし販売計画に営業の努力目標が入っていて実際に売れる以上の計画になっているとしたら,これらはシステム外の課題であり,ERP導入だけでは解決されない。そういう原因があることにすら気がつかない可能性もある。

 では,どうすればよいか。まずは,グランドデザイン・フェーズの目的を再確認する必要がある。グランドデザイン・フェーズは経営課題・経営ニーズを抽出し,その解決策を策定することが目的だったはずだ。この解決策策定は,課題・ニーズの原因分析を行い,その原因に応じて,組織の面,ビジネスモデルの面から何をどう変えるのか解決策を具体的にデザインすることを意味している。

 解決策は一つではない。複数の解決策を策定し,評価軸をおいて定量効果・定性効果を比較して解決策を決定し「経営課題・経営ニーズが解決されたこうあるべき姿」を定義していく。その上で,解決策を実現する手段としてERPが使えるかを評価するわけだ。ERPと比較すべきは「経営課題・経営ニーズが解決されたこうあるべき姿」なのである。

 この例の場合だと,まず「在庫が多い」という経営課題を認識する。その原因として「販売計画と生産計画が連携していない」ことと,「販売計画に営業の努力目標が入っていて実際売れる以上の計画になっている」ことの二つの原因を突き止める。前者に対してはERPのシミュレーション機能による課題解決を検討し,後者に対しては販売計画の立て方を見直すという課題解決を検討すべきだ。

 グランドデザイン・フェーズでは,この後,経営課題・経営ニーズとその解決策をRFP(提案依頼書)として取りまとめ,具体的実行策の提案を複数のベンダーに依頼する。そして費用や社内リソース,スケジュールの面などから,最良の提案を採用し,採用したベンダーと二人三脚でプロジェクト実行計画を策定し,プロジェクトをキックオフしていく。