数年前のITコンサルティング案件での出来事である。月曜日の朝,その案件を担当する当社のプロジェクト・マネージャ(PM)から電話がかかってきた。日曜日の晩に持病の糖尿病が悪化し,病院で即刻入院するよう厳命されたとのこと。本格的な検査はまだだが,2,3日で復帰できる状況ではないという。入院先の病院の電話口で,PMは弱り切った声でしきりに謝っていた。

 筆者は「仕事は心配するな,ゆっくり療養しろ」と言って電話を切ったが,言葉とは裏腹に,突然の窮地に唖然としたのが本音である。どんなプロジェクトでも,PMが倒れて不在となることは最大のピンチだろう。今後の対応を思うと頭がカッカと火照ったが,とにかく冷静に対処しなくてはならない。まずは連絡すべき相手,顧客とPMの部下に速報することだ。

 PMの部下は2人で,いずれも若手であった。事情を話すと一瞬驚いたが,すぐにやっぱりという表情に変わった。話を聞いてみると,PMは前週から顔色が優れず,それでいて口寂しいとジュースや菓子を暴飲暴食していたとのことであった。やはり異変のサインがあったのだ。PMはずっと節制して健康を保っていたので,筆者も油断していた。また,プロジェクトも任せきりだった。体調不良のサインをキャッチすることができず,事態を悪くしてしまったことが悔やまれた。

 しかし,後悔している場合ではない。すぐに顧客にも電話をかけ,担当者にPMが入院したことを伝え,事後対策の相談のために翌日のアポイントをもらった。すぐに飛んで行くべきかとも思ったが,この時点で分かっていることはPMが倒れたということだけだ。PMの入院状況,そしてプロジェクトの進捗状況の詳細などできる限りの情報を収集し,いくつかのアイデアを持って客先に行かなければならない。そう考えて1日の猶予をもらったのだ。

 このケースでは,選択肢は二つあった。一つはPMの交代である。入院が長引く場合はこれを選択するしかない。しかし,案件のスケジュールは3カ月間であり,ちょうど半ばの時点だったので,実際に交代となるとプロジェクトの進捗に大きな影響が出てしまう。PMクラスの人材を急に割り当てるのも現実問題として非常に厳しい。

 もう一つは,入院期間が比較的短ければ,部下の1人を代行として乗り切ることだ。しかし,部下は2人とも若手で経験が少ない。改めて2人と話をすると,やはり不安そうな顔で自信がないと言う。

 だが,逆にここは若手の成長を促すチャンスでもあると考え,2人から進捗や作業内容などの報告を受けながら「そこは君でもできるか?」「それをやるには何が必要か?」などと確認していった。すると最も大きな不安は,顧客との進捗会議のマネジメントであることが分かった。今のPMはそれがうまく,顧客から鋭い指摘があっても的確にさばくことができるという。

 次の行動はPMの見舞いだ。夕方病院に行くと,PMは想像よりしっかりとしていた。入院は2週間程度の見込みで,面会は普通に可能なので打ち合わせもできること,電話も待合室などで使えることなどを聞き,筆者の対応方針は固まった。あとは顧客に納得してもらえるかどうかだ。

 翌朝,顧客を訪問してPMの入院状況を伝えるとともに,PMは交代させず部下2人で作業を続け,進捗会議にはPM代理として筆者自身が参加したいとの希望を伝えた。ここでありがたかったのは,PMと顧客の信頼関係ができていたことだった。「PMは交代させないでほしい。2週間なら待つ。会社としてもっとPMを支援してやってくれ」と言ってもらえたのだ。

 結果としてうまく対応できたのだが,社員への気配りやコミュニケーションの不足,非常時のバックアップ体制の不備など,筆者としては反省の多い出来事であった。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)