ベンダーのITエンジニアは,営業と組んで仕事をすることが多い。幅広い見識を持ち,リーダーシップに優れ,人間的にも懐の深い営業担当者と組みたいのは多くのITエンジニアが望むことだろう。そんな営業と組めば,顧客との間に問題が生じても任せられるので,安心して自分の仕事に取り組むことができる。また提案活動の「勝率」も上がり,提案書作成を技術面でサポートするITエンジニアのモチベーションも高まろうというものだ。

 しかし逆に,相性の悪い営業や,自分の立場を勘違いしている営業と組まされると悲惨である。意地悪な顧客も手強いが,それ以上にやっかいな存在となる。ダメな営業に悩まされ,ストレスをためているITエンジニアは少なくない。大手SIベンダーの若手SE,A君から打ち明けられたケースを紹介しよう。

 A君は,中堅のSE2人,3年先輩の営業B氏と同じチームに新たにアサインされた。B氏は気合とド根性というタイプではなく,パワーで顧客を圧倒することはできない。ロジカルに営業シナリオを詰めていく理論派でもない。日ごろあまり勉強している様子はなく,バランスト・スコアカードなどのビジネス手法には疎い。さらに技術的な知識は乏しく,そこはSEに頼りっぱなしである。口先が達者でうまくその場をしのぐというタイプだ。

 チームに後輩が入って喜んだB氏は,何かとA君を使うようになる。営業の基本的な仕事である提案書や営業報告書を作成するときもA君に手伝わせた。A君は顧客企業に常駐して仕事をしている。B氏の文書作成を手伝うとなると,客先での仕事を終えてから夜会社に戻ってやることになる。

 最初は手伝いレベルだったのが,A君が慣れてくるとほとんど代筆をやらされるようになった。B氏がやるのは見積書の作成くらいである。しかも,A君が書いた提案書が評価されて受注できても手柄は営業のB氏のものとなり,営業コミッションもB氏の懐に入ってしまうのだ。それでもA君は,仕事だと割り切って,文句を言いたいところをグッと抑えていた。

 しかし,ある晩ついにA君の怒りが爆発したのである。いつものようにB氏の「代筆」をやらされたあと,飲みに誘われた。このころ,A君はB氏に頻繁に誘われるようになっていた。お目当てはキャバクラであった。A君にとってたびたびの誘いは大きな負担だ。若いSEの給料は安く,一人暮らしの家賃や生活費もばかにならない。B氏は給料も多く,独身で親元から通っていたが,いつも割り勘だった。

 B氏は酒が入ると気が大きくなり,A君を子分扱いする。その日はキャバクラで「おいA,そろそろ帰るからタクシーを呼べ!」。A君は店の外に出てタクシーを探すが,時間帯が悪くつかまらない。あきらめて席に戻ったA君にB氏は「タクシーはどうした?つかまるまで戻ってくるなよ」。

 そのひと言でA君の堪忍袋の緒が切れた。立ち上がりざま,「それは業務ですか?業務なら従いますが,Bさんのために深夜にタクシーを探すのはSEの業務ではありません!」と言い返したのである。もともと気の小さいB氏はあっけにとられ「まあ,落ち着いて,まずは座ろうよ,悪かった」というのが精いっぱいだった。

 翌日,さすがにA君は先輩に食ってかかったことを後悔したが,B氏は半休した揚げ句,午後A君と顔を合わせるなり「昨晩のことは特別に勘弁してやるよ。次やったら,君を飛ばすように課長に言うから」と言い放ったのである。A君の仕事へのモチベーションはヘナヘナと崩れていった。

 このケースは極端な例かもしれないが,営業との折り合いに苦労している若いITエンジニアは少なくない。SEマネージャは,対顧客だけでなく,対営業という視点を持って,部下のモチベーション管理を行う必要があるのではないだろうか。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)