筆者の会社ではITに関するさまざまな相談を受けるが,その一つに,情報システムの引っ越しに関する依頼がある。事業所の移転や新設に伴うITの引っ越しは,関連業務が意外と多い。全体計画の作成,新規購入する機器の選定,設計事務所や運送業者との折衝など,移転の数カ月前から計画的にやらなければならないことがたくさんある。

 しかし,一番大変なのはやはり引っ越しの本番である。通常,企業の引っ越しは金曜日の業務終了後から始まる。そして翌週月曜日の午前9時には,すっかり完了した状態になっていなければならない。この朝9時のリミットを守ることがなかなか難しい。引っ越しで,まず最初に搬入されるのは机や書棚などである。スケジュールが押すと,最後にしわ寄せを受けるのが,ITの作業なのである。

 さらに,内装工事の一部が完了していなかったり,図面通りに配線されずネットワークの接続アダプタが机の下に隠れてしまったりと,予期せぬことが必ずいくつも起こる。正常だったPCが,搬送したら調子が悪くなることも珍しくない。綿密な計画と同時に,臨機応変の対応が不可欠なのだ。

 ある中堅企業のITの引っ越しを請け負ったときのことを紹介しよう。土曜日の夕方,筆者の携帯電話が鳴った。この引っ越しの当社の担当リーダーからだった。「配送業者の手違いで搬入が大幅に遅れ,ほとんど作業ができていません」。筆者はすぐに手当たり次第に社員に電話して応援を頼んだ。土曜の夕方に電話して「明日の日曜に手伝ってくれ,最悪徹夜になるかもしれない」というきつい要求をしたが,4人が引き受けてくれた。結局当初の担当者3人と,筆者を含む5人の助っ人で,日曜日の勝負に出た。

 作業が遅れているときこそ,計画は大事である。筆者は土曜日のリーダーとの電話で,その日の作業をあきらめて,作業計画書を修正することを指示していた。そのため助っ人連中が作業に戸惑うことはなかった。

 しかし,午前中の作業が終わった時点で,進捗は芳しくない。クライアントの責任者も「大丈夫でしょうか,間に合いますか」と青ざめている。遅れの原因は,船頭がいない状態で,全員がマイペースで作業していたことだ。担当リーダーは上司である筆者が来たので,遠慮して全体を見ずに一作業者になっていた。筆者も同様に作業だけをやっていた。午後からは筆者が船頭役に回り,全体進捗を見ることにした。助っ人も作業に慣れてペースアップしている。だが,もっとペースを上げる方法はないだろうか?

 そのとき思い浮かんだのが,ピラミッドの建築現場の情景であった。大勢の労働者が巨大な石を運ぶ。その石の上で監督らしき人が「ヘーラホップ」とタイミングを合わせる掛け声をかける。筆者は「よし,ヘーラホップだ」と考え「今日の作業が早く終わったら焼き肉おごるぞ」と宣言した。社員はおおっという感じで明らかに表情が変わった。その後の進捗確認のたびに社員に「焼き肉!」「カルビ,カルビ!」「ファイアー!」といった声をかけた。

 最初のうちは筆者に「カルビ!」と言われて照れ笑いをしていたのが,時間が経つにつれ,社員同士でも「カルビ,ファイアー!」と声をかけ合う。はたから見れば異様な光景だろう。しかし,ハイテンションになり作業自体が楽しくなったのか,疲れが出る時間になっても不思議とペースは逆にアップし,ミスもほとんど出なかった。結果として予測より早く作業を終わらせることができた。その夜の生ビールとカルビの味は格別であった。

 集団でやる仕事で一番大事なのはやはり計画である。しかし,しばしば計画は狂う。その時にチーム内が同じ目的を共有しているかどうかが勝敗を分ける。声をかけ合うことでチームはまとまる。「焼き肉」の効果は絶大であった。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)