今回はすごい町工場を紹介したい。大阪にある枚岡合金工具(以下枚岡合金)は,筆者が見てきた現場の中でも特に印象に残っている。同社の古芝保治社長と知り合ったのは一昨年。筆者がモデレータを務めた中小企業の経営情報化に関するパネル・ディスカッションに参加いただいたのがご縁であった。枚岡合金は2006年度のIT経営百選最優秀賞を受けており,パネリストとして白羽の矢が立ったのだ。終了後の懇親会で古芝社長とさらに話しているときに「ウチでは工場見学会をやっているので,一度見に来てください」と誘っていただいた。

 枚岡合金は,徹底した3S(整理・整頓・清掃)活動で飛躍的に業績回復を実現した会社である。いったいどんなに立派な工場だろうと期待して見学会に向かった。地図を頼りに「立派な工場」を探したが見つからない。近所の人に聞くと,古びた工場長屋の奥だと教えてくれた。正直なところ「こんなオンボロな建物なの?」と驚いた。枚岡合金の手前に,長屋をシェアする会社がいくつかあるのだが,典型的な古い町工場という風情である。

 ところが枚岡合金に着いて2度ビックリである。中に入るとまったく別の建物かと思うくらいきれいに手入れされており,玄関も明るい。ひと目で「この工場は並じゃない」と思わせるものがあった。見学会は朝礼,床磨き,各所見学と続くのだが,ここではテーマをITに絞ってみたい。

 注目したのは,事務部門の机すべてに液晶モニターが2台置かれていたことだ。金融系の会社や設計事務所では見かけるが,大企業でも事務部門で2台利用は見たことがない。聞けば1台は,書類の3Sをきっかけに開発した文書管理システム専用だそうである。

 古芝社長は常々,書類探しは仕事なのだろうか?という疑問を持っていたそうだ。忙しそうに書類を探していると一生懸命仕事をしているように見えるが,実はまったく利益を生まない無駄な作業である。枚岡合金は書類の3Sに取り組み,平均30分かかっていたのを10分に短縮した。

 ところがいくらきちんとバインダーに整理しても,10分が限界であることが分かった。机から保管棚まで歩いて行き,背表紙を見て該当するバインダーを取り出す。そして目当ての書類を探して取り出し,コピーして原本を返し,机に戻る。これだけのプロセスがある限り,さらなる短縮は難しい。

 古芝社長は,この壁を破るにはITによる文書管理しかないと考え,自分でシステムの設計・開発に取り組んだのである。エンドユーザーがシステム開発にかかわることはよくあるが,社長自らというのは珍しい。実はこの社長の視点でのシステム開発が,枚岡合金のすごさの一つなのだ。

 社員がシステムを設計する場合,自分の仕事中心の部分最適になりやすい。ところが社長の視点は全社が対象で,全体最適が考慮される。枚岡合金では「情報は誰でも必要なときに3秒で取り出すことができる」という目標を掲げた。この「誰でも」にはシステムが苦手な高齢者も例外としない。

 この問題提起と目標設定はまさに経営トップならではの発想である。その結果完成した文書管理システムは「デジタルドルフィンズ」と名付けられ,見事にその目標を達成した。それどころか,現在では製品として販売され,同社の収益の柱に育っている。

 古芝社長は2台並んだモニターについて「メールやワープロなどを開いていると,デジタルドルフィンズを立ち上げるのに時間がかかる。だから1台を専用にした」。そこまで徹底する信念こそが社長のリーダーシップなのだと改めて感じ入った。

 見学会では,IT以外でもすべてで面白い発見があった。ここでは一部しか紹介できなかったので,興味のある方は古芝社長の著作「儲けとツキを呼ぶ『ゴミゼロ化』工場の秘密」(日本実業出版社)を一読いただきたい。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)