最近、企業人が首長になる例が増えてきた。彼らはおしなべて改革に熱心だ。最初の関心は役所の行政改革、特に効率化に集中する。それが片付くと関心は地域の将来ビジョンに移る。財政再建は節約だけでは不可能だ。税収を増やしたい。住民も役所改革より地域再生を望む。だが「地域戦略」はなかなか描けない。行政の役割には限界があり民間にも余力は乏しい。その中でいかに説得力のある絵を描くか?首長の悩みは深い。上下2回で解説する。

まずは厳しい現実を直視

 従来から多くの自治体が「将来ビジョン」を作ってきた。だが、多くは“日本のシリコンバレーを目指す”、“笑顔あふれるふれあいの町”といった抽象的願望を羅列したあとで既存の「マスタープラン」「都市計画」「総合計画」に書いたありきたりの施策を並べて終わる。第3者には「大本営発表」でしかなく、おまけにどこも似たり寄ったりの内容で信憑性を欠く。

 「地域戦略」では本来、その地域が今後どういう形で繁栄し(産業、雇用)、住民の暮らしがどうやって守られるか(環境、安心・安全、福祉・教育)が描かれなければならない。また住民が地域への希望と誇りを持って住み続ける拠り所となるべきだ。「戦略」であるからには人口減少や産業衰退などの厳しい現実とその原因を数字で徹底解析する作業から始める。そうして本質的課題を絞り込んで、誰がいつまでにどうやって解決するかも示さなければならない。その過程ではおのずと自治体ができること、できないことがあぶりだされる。

新潟市役所の挑戦

 本格的な「地域戦略」は米国などではよく見られるがわが国では珍しい。右肩上がりの経済環境の中で長年、国も自治体も現状対応に安住してきた。そもそも環境変化を先取りして「戦略」を考えるという発想が希薄なのである。

 だがわが国でも新潟市役所が2年前から本格的な地域戦略作りに着手した。同市は周辺15市町村が合併して2007年4月に政令市となった。同時に「田園都市構想」を打ち出し、豊かな自然を擁する日本海側で最大の都市として成長するという志を立てた。それを具体的な戦略とするため、わざわざ「都市政策研究所(筆者が所長(非常勤))」まで創設した。研究員3人を外部から招聘した上で、民間企業の経営戦略を作りのベテラン3人(元マッキンゼー社のコンサルタント)と地元新潟大学の教員2人をアドバイザーとして作業を進めている。

(1)第一段階:強みと弱みの整理
 この2年間は人口80万人強、面積726.10キロ平方メートルの新潟市の全体的な評価をした。特徴は市域の4割強を水田が占め、また商業・ビジネス集積が拡散している点である。豊かな緑、土地の余裕、人々の助け合い精神(いわゆるソーシャルキャピタルの蓄積)では他の政令市を圧倒する。だが交通弱者には住みにくい町である。ビジネスは意外に強い。石油掘削や米作りに由来する産業(食品加工、機械など)が集積し、広島や福岡にも負けない規模である。しかし、全国にはあまり知られていない。「米」「雪」「酒」に偏ったブランドイメージのを是正も課題だ。

(2)課題解決の切り口
 新潟に限らず、地域が抱える課題は多様である。従って戦略は課題タイプ別にまずたてる。その上で全部を統合する必要がある。例えば、住民の視点に立つと「産業・所得・雇用」「環境・治安・安心」「福祉・医療・教育」といった課題タイプ別の整理がわかりやすい。あるいは「地区別」の課題の整理も必要だろう。

 その上でその地域らしさを活かした差別化戦略も必要だ。新潟の場合は日本海側に立地するので「交通戦略」も重要だ。北陸新幹線開通後の上越新幹線の位置づけ、北東アジアに向けた空港と港の戦略なども課題だし、市内交通という意味では空港アクセスや中心部の集積骨格を形成するためのLRT(Light Rail Transit)などの活用戦略も必要だろう。

(3)担い手問題
 「地域戦略」を絵に描いた餅に終わらせないためには策定過程から市役所職員や幹部、さらには地域のリーダーに参加してもらう。かつて筆者が関わった岩手県雫石町が「地域再生計画」を作ったときの場合は、地元の企業や病院、旅館などの経営者も参加する「地域再生会議」を役場内に作ってオープンな議論をした。実際に戦略を実行するとなると自治体だけではできないことが多い。地元の経済人や住民代表に参加してもらうと実行段階での協力も得やすい。

 以上、「地域戦略」を作るときの基本的な考え方を紹介した。次回は具体的な「戦略性」をどこに見出すのか、解説したい。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一 慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生など編著書多数。