競合激しいIT業界といえども、互いの生存領域を尊重し共存共栄を図る程度の緩やかな業界秩序が保たれてきた。例えば、米HP(ヒューレット・パッカード)やIBM、デル、富士通がパソコンやサーバー、ストレージ、ソフトを販売し、米シスコシステムズがネットワーク機器を販売するといったことである。

 ところが経済が危機的状況を迎えると、各分野のボリュームが減るため、「隣の芝生」に踏み込む野心を抑えきれなくなる。しかも、技術が標準化・コモデティ化して参入障壁が低くなるため、隣接市場への侵攻が一挙に積極化する。結果、業界では統合・再編が起こる。今のIT業界では、そんな激的なドラマが始まっている。象徴的な動きは、シスコのサーバー市場への進出と、HPのネットワーク機器への本格的な取り組みだ。互いの得意分野への侵攻という意味で今年最大の話題をさらいそうだ。米オラクルのデータベース専用ハードも注目の一つである。

 現在、最も大きな成長の可能性を秘めているのは、これまで退屈に見えていた「データセンター」のようなITインフラだ。クラウドコンピューティングの人気が高まってきたため、企業のデータセンターは10年前に盛り上がった「iDC(インターネットデータセンター)」のような熱い存在になってきた。

 同分野では、複数のデータセンターを単一のユニットとして効率的に管理することが求められる。このため、サーバーを中心にストレージやスイッチなどを連携させる統合管理の技術が不可欠になる。だが、サーバーやストレージ、スイッチなどは従来、同じデータセンターの中にありながら、個別のパーツとして扱われてきたものだった。

 シスコは08年秋、ネットワーク機器を仮想化技術で統合するハードとソフトを出荷した。おそらく3月に発表するとみられるサーバーは、この取り組みを一歩進めたものになるだろう。開発コード名「California」と呼ぶブレードサーバーは、米ヴイエムウェアの仮想化ソフトとサーバー、ストレージ、ネットワーク製品をバンドルしたものらしい。

 シスコは同サーバーを、汎用品としてではなくデータセンター専用のブレードサーバーとして販売する。295億ドル(1ドル=90円換算で2兆6550億円)の現金を背景に、ヴイエムウェアを傘下に持つ米EMCを買収するとの噂もある。アナリストは、シスコのサーバー進出にIBMや富士通などシスコとネットワーク製品でパートナーを組む大手がどう対応するか注視している。

 一方、HPの場合は「ProCurve」というネットワーク機器が、同様な位置付けの製品といえそうだ。シスコのCaliforniaと同様、DCM(データセンター接続マネジャー)ソフトによってブレードサーバー、ストレージと共に仮想化しながら運用することが可能である。

 特徴は、すべてをHP製品とせず、米マイクロソフトや米アバイアなど17のネットワーク製品パートナーとアライアンスを組みオープン製品として世に問うことだ。「ネットワーク・オブ・チョイス」のメッセージを打ち出し、オープンサーバーで「メインフレーム・オルタナティブ」を標ぼうしたときと同じく、シスコ代替で「二匹目のドジョウ」を狙う。

 HPのProCurve製品は、シスコの取締役会メンバーであったカーリー・フィオリーナ前CEO(最高経営責任者)時代には、あまり目立っていなかった。HPとシスコの心地よい協調関係が保たれていたのだろう。だが、HPの現CEOであるマーク・ハード氏はこれを打破。ほこりを被っていたProCurveを十数億ドルのビジネスに育て上げた。粗利はシスコ製品の65%には及ばないものの50%を維持し、プリンターに次ぐ利益率の有力製品に変えたのだ。直近の四半期は売り上げを4割伸ばし、シスコのシェア77%に次ぐ2位につける。

 “融合商品”を開発することで、ハードだけで付加価値を追求しているシスコやHPといった米メーカーに対し、国産メーカーはハードよりサービスで付加価値を生み出そうとしている。この姿勢が今後、日米ITメーカーの業績の差となって表れるかもしれない。