今,インターネット業界は,NTTのNGN(次世代ネットワーク)の「IPv6マルチプレフィックス問題」で揺れている。IPv6マルチプレフィックス問題とは,“閉域網”であるNGNでインターネット接続事業者(ISP)のIPv6インターネット接続サービスを利用すると,通信に不具合が生じる可能性があることだ(関連記事1関連記事2)。

 IPv4アドレスは2011年にも枯渇すると言われている。それに間に合うようにNTTのネットワークを改造しようとすると,このIPv6マルチプレフィックス問題への対策を近々にも決めなければならないという。そのことについて,NTTと日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA),ISP各社が揺れに揺れているのだ。

 だが,いずれIPv4が枯渇し,IPv6インターネット接続が重要なサービスになることは以前から分かっていたはず。なぜ文字通りの「次世代ネットワーク」で,ユーザーがIPv6インターネットに抜けられないなどという現象が発生し,その解決のために「時間がない」とばかりに今になってアタフタしているのだろうか。

実は約3年前から分かっていたマルチプレフィックス問題

 例えば,NGNサービスの開始後にIPv6の仕様が変わり,それに急きょ対応しなければならなくなったのならまだ話は分かる。だがNGNのサービス開始はわずか1年前の2008年3月で,当然ながらIPv6の仕様など変わっていない。しかもNTT西日本が提供している「フレッツ・光プレミアム」と,NTTコミュニケーションズの「OCN IPv6」で,既に同様の問題が発生しており,IPv6マルチプレフィックス問題は約3年前から分かっていたことだという。

 一説には,NTT東西地域会社は業務活動を県内通信に限られていて,自らインターネット接続サービスを提供することができないため,NGNを閉域網とせざるを得なかったという話もある。だがこれもおかしな話だ。NGNでない現行のフレッツ光は,主にインターネット接続サービスの足回り回線として使われており,NGNの「フレッツ 光ネクスト」もそうした使われ方が主流になるであろうことは明白だったはずである。これは筆者の憶測の域を出ないが,結局,自らインターネット接続サービスを提供できないNTTは,NGNの設計段階で問題が発覚しても,ISPのメリットにしかならない設計変更には積極的に動かなかったということではないか。そしてタイムリミットが迫った今,一部,ISPにもコストを負担させて問題の解決を図ろうとしている。

 NTTとJAIPAで検討しているIPv6マルチプレフィックス問題の解決策には,「案1」「案2」「案3」「案4」の4種類があり,案2と案4に収束されつつあるという(関連記事1関連記事2関連記事3)。ここでは詳しく述べないが,要するに,(1)ISPの独立性は担保できるもののISPのコスト負担が大きくなりそうな案2と,(2)ISPのコスト負担は最小限で済むものの「代表ISP」による接続で帯域制御など各ISPのポリシーが一部制限される可能性がある案4,と言えそうだ。現在のところJAIPAとしては案2を有力と考え,そのコスト負担をできるだけ小さくすることを考えているようだ。だが,一部のISPはコスト負担の大幅減はほぼ不可能と考え,案4を支持している。

 案2のコストが膨大になりそうなのは,NTTがユーザー宅に設置するHGW(ホーム・ゲートウエイ)のハードウエア交換費用が含まれるからだ。現在のBフレッツやフレッツ・光プレミアムで利用されている機種を案2に対応させるには,ハードウエアの能力が不足する可能性があるという。案2では,その交換費用をISPが負担する公算が大きい。このコスト高が,案2で一枚岩になれないISPの現状を招いている。ISPの独立性が高くてコストが低ければ,誰もそれ(案2)に反対しない。

“トラック”の改造・開発費用を“運送会社”が負担する

 通信ネットワークは道路に例えられることが多い。ここではあえて,NGNをNTTという自動車会社が販売しているトラックに,ISPをそのトラックを使って商売をしている運送会社に例えてみよう。国内の幹線道路が「IPv4高速道」である現在は特に問題はないが,近い将来,IPv4高速道が限界に達するため,次世代幹線道路として「IPv6高速道」の運用がスタートする。しかしNGNトラックは規格上,このIPv6高速道を走ることができない。そこでNTT自動車は,各ISP運送会社にコストを負担してもらって,NGNトラックの改造・開発に取り組もうとしている。

 現実の自動車業界では,こんな話はあり得ない。なぜなら,自動車会社間でし烈な競争原理が働いているからだ。運送会社は,IPv6高速道を通行できないうえ,その開発コストまでを負担させられるNGNトラックなど見向きもせずに,別の自動車会社からIPv6高速道対応トラックを購入するだろう。各自動車会社は,IPv6高速道対応トラックの開発にかかったコストをトラックの価格に上乗せするかもしれない。しかし大幅な価格上昇は商品力を失わせることに直結するので,できるだけそのコストを価格に転嫁しないよう努力するだろう。そして運送会社は,安全性に問題がない限り,できるだけ安いトラックを売る自動車会社から買う。

 翻って,IPv6マルチプレフィックス問題ではどうだろう。ISPはNTTからNGNサービスを購入しているわけではないが,フレッツ光などの足回り回線がインターネット接続サービスを展開するうえで,運送会社のトラックにも匹敵する重要なキーアイテムであることには違いない。そして,光ファイバ・サービスで圧倒的なシェアを握るNTTのフレッツ光の次世代版であるNGNをISPは無視できない。

 ISP側の都合でNTT網を改造しなければならない場合は,そのコストをISPが負担するのは当然のことだ。だが「IPv6インターネットに正常につなぐ」ということは,はたしてISP側の都合なのだろうか。

 ISPの負担増は,なんらかの形でエンドユーザーにツケが回る。とはいえインフラを握るNTTに負担を押しつけても,結局,最終的にはエンドユーザーに影響が及ぶ。事ここに至っては,NTT側,ISP側,双方のコストが最小限で済む案4が現実解だという一部ISPの主張も理解できる。しかし,それによって失われるものもある。NGN経由のインターネット接続を代表ISP3社に集約することが,日本のインターネットにとって,はたして良いことなのかどうか。議論が尽くされたとは思えない。約3年前から分かっていたというマルチプレフィックス問題。過ぎたことをとやかく言っても始まらないが,こうなる前に,もう少しなんとかならなかったのだろうかと思ってしまうのだ。