「いったん開発が終わってしまえば,後はすべて運用担当者の仕事」。そのように考えている開発担当者はいないだろうか。もし設計や開発で不備があれば,そうしたシステムを使わされるユーザーは不満を感じる。その不満は開発担当者がもたらしたものと言えるが,ユーザーから文句を言われるのはいつも運用担当者である。

 大手製造業の情報システム部員である細川仁さん(仮名)は,運用チームに所属し,ヘルプデスクの責任者を務める。運用チームは設計にも開発にもかかわらないが,「ユーザーの声に耳を傾けてシステムの改善を提案する。それがヘルプデスク担当者の役割」と,この仕事に誇りを持つ。

 そんな細川さんにとって忘れられないシステムがある。そのシステムの稼働直後は,ユーザーからの問い合わせは少なく静かな滑り出しだったが,稼働から3カ月を迎えると事態は急変。ヘルプデスクへの問い合わせが激増した。しかも,問い合わせ内容はほぼすべて,「以前のパスワードが分からない」というものだった。

 そのシステムにはユーザーIDとパスワードを入力してログインする。パスワードはユーザー自身で登録し,セキュリティを高めるために3カ月に1度変更しなければならなかった。3カ月を過ぎるとログインできずパスワードの変更画面に移り,そこで旧パスワードと新パスワードを入力する。だがほとんどのユーザーはWebブラウザにパスワードを記憶させており,自分の登録した旧パスワードを忘れてしまっていた。

 こうしたシステムはよくあるが,このシステムではパスワードを忘れたときの案内がまったくなかった。『ユーザーへの配慮に欠けた画面設計だ』と,細川さんは感じた。

100件を超える電話に謝り続ける

 ヘルプデスクへの電話はユーザーの不満が満ちていた。「これでは仕事にならない。早く何とかしてくれ」。怒気を含んで言い放つ人もいれば,「使い勝手が悪い」と,細川さんたちヘルプデスク担当者に,画面設計のまずさを非難する人もいた。

 そのシステムの設計担当者に状況を説明しても,『パスワードを忘れるユーザーが悪い』と言わんばかり。情報システム部の会議の場で,パスワードを忘れた場合のガイド画面の追加作成を提案するも,設計/開発チームの興味は新規案件にあり,運用チームの提案に耳を貸さない。

 パスワードに関する問い合わせは,1カ月の間に100件を超えた。その一つひとつに,細川さんらは電話口で謝り続けた。『これは明らかにユーザーへの配慮不足。設計ミスと言ってもいいくらいだ。なのに設計にかかわっていない私がなぜ謝らなければならないんだ』。このときばかりは,やりきれない思いでいっぱいだった。

細川 仁さん(仮名)
細川 仁さん(仮名) ヘルプデスクの責任者を務める,大手製造業の情報システム部員(40歳)。ユーザーへの配慮に欠けたシステムのヘルプデスクを担当したとき,問い合わせが月に100件を超えた。開発者の代わりにユーザーに謝り続け,やりきれない思いをする