「もう限界です。会社を辞めさせてください」――。中堅システム・インテグレータの若手SEである中川良成さん(仮名)は,入社のとき世話になった人事担当役員に電話をかけ,涙で声を詰まらせながらこう訴えた。

 「分かっている,あいつが原因だな。とにかく会って話そう」。人事担当役員の言葉に,救われた思いがした。あいつとは,中川さんの先輩社員であるC氏のことだった。

 話は2年前にさかのぼる。新卒で入社した中川さんは研修を終えるとすぐに,ある金融業のN社に派遣された。勤務形態は客先常駐である。そのシステム・インテグレータからN社には,6人のSEが派遣されていた。6人はそれぞれ別のチームに属しており,上下関係もない。しかし20代ながら最も古株のC氏が,6人のリーダーを自認していた。先輩風を吹かせるC氏の態度に,ほかのメンバーはかかわらないようにしていたが,まだ事情が分からない中川さんは格好のターゲットになった。

休日も呼び出され説教

 N社で中川さんは懸命に働いていたが,新人だけに叱責されることが少なくなかった。中川さんにとって,N社の社員に叱られるのは問題なかったが,その後が恐かった。C氏にその光景を見かけられると,あとで呼び出され怒鳴られるからだ。「今日は何やったんだ。オマエのせいで俺まで白い目で見られるんだよ。今度ヘマをしたらどうなるか分かってるだろうな」。この言葉に中川さんは身を震わせた。

 中川さんとC氏は同じ独身寮に入っている者同士。C氏の説教は休日にも及び,ときには髪をつかまれすごまれた。もはや先輩による教育指導の域を超えていた。実態はイジメである。

 こんなこともあった。あるとき,中川さんはC氏から業務報告書を書くように命じられた。会社の公式な業務報告書とは別に,上司でも何でもないC氏に向けた報告書を書けというのである。中川さんは恐ろしさのあまり,「業務報告書を見たうえで適切に指導してやる」というC氏の言葉に従った。

 中川さんは,N社に派遣されているほかのSEに助けを求めるサインを出したことがあった。しかしC氏の報復を恐れ,見て見ぬふり。中川さんは孤独感にさいなまれ,殻に閉じこもった。

 あるとき,どこからか噂を聞きつけた人事担当役員が,C氏との関係について聞いてきた。しかし,萎縮して真相を話せなかった。話さなかったのに,あとでC氏に呼び出され,「余計なことを言うな」と釘を刺された。

 中川さんは『もう限界だ,会社を辞めよう』と思った。泣きながら就業後の22時,人事担当役員に電話した。冒頭の言葉は,そのときのものだ。意を決して人事担当役員にすべてを打ち明けたことが,功を奏した。人事担当役員がC氏を別の拠点に異動させ,中川さんから完全に引き離してくれた。中川さんはそれから元気を取り戻し,順調にSEとしてのキャリアを積んでいる。

イジメをしたC氏もまた被害者だった

 ここまで,このケースを中川さんの視点で紹介した。ここで,疑問に思った人がいるだろう。なぜC氏は,中川さんへのイジメを執拗に続けたのか。

 人事担当役員によれば,「Cもまたイジメの被害者だ」という。実はN社のSEがC氏に対してイジメまがいの指導を行っていた。「客先常駐のプレッシャーは計り知れない。積み重なったストレスが,常軌を逸した行動に走らせた」と人事担当役員は反省する。

 強いストレスがかかる職場では,誰もがイジメの被害者にも加害者にも成り得る。このケースはその証拠と言えよう。

中川 良成さん(仮名)
中川 良成さん(仮名) 中堅システム・インテグレータに勤務するSE(25歳)。先輩SEに目を付けられ,教育指導という名のもとにイジメを受ける。ミスのたびに説教を受け,休日に呼び出されることも。意を決して人事担当役員に相談し,事態が好転する