瀧口 範子/在米フリー・ジャーナリスト

連載第2回は,民間企業の反応を取り上げる。大企業寄りだったブッシュ政権に対し,オバマ次期政権は新興企業や中小規模の通信事業者を保護して競争を促進するものとみられている。当面の焦点はインターネットの中立性とブロードバンドのインフラ整備で,関係団体の動きが活発化している。

(日経コミュニケーション編集部)

 「正当な競争原理が働くような市場を作ってほしい」,「細かい規制は困るが,通信業界内の統合がむやみに進むのを食い止めるよう努めるべきだ」,「ブロードバンドを広く行きわたらせるには,過去とは全く異なる普及モデルを考える必要がある」。これらが,オバマ新政権が決定して以降,通信・IT業界の関係者が口にするコメントである。そこには期待が半分,そして過去数年間の政策に対する批判が半分感じられる。

 通信業界に対するアプローチは,共和党が市場放任型であるのに対して,民主党がある程度の介入型と対照的だ。ことにバラク・オバマ氏は,実践主義者的な立場で通信政策を引っ張り,FCC(連邦通信委員会)はポピュリスト的(大衆的あるいは大衆迎合的)な存在になるだろうと予想されている。

 過去8年間のブッシュ政権は,既存の大手通信業者寄りだった。大きな「チェンジ」が期待されているのが,まさにこの点にある。つまりオバマ次期政権は,新興企業や中小規模の通信事業者を保護する規制を行い,本来あるべき市場競争力を復活させるはず,というのだ。

 ただ,今のところ通信業界で目立った動きは見られない。ある業界関係者は「チェンジの正体が見えないだけに,皆,様子見をしている」と説明する。

 先の民主党政権だったクリントン大統領時代を振り返ると,最大のトピックは1996年に制定された新しい連邦通信法である(表1)。これは,1934年の通信法を62年ぶりに改定した画期的な内容として受け入れられた。地域ベル電話会社の新規サービス参入,州内通信市場の開放,地域電話会社によるケーブルテレビの提供,ケーブルテレビ事業者による通信サービスの提供など,様々な規制を緩和して競争原理を生み,価格競争によって消費者に貢献するはずだった

表1●前民主党政権(クリントン大統領)以降の米国情報通信業界の主な動向
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表1●前民主党政権(クリントン大統領)以降の米国情報通信業界の主な動向

96年通信法が“メルトダウン”招く

 ところが実際に起こったのは,通信業界の「メルトダウン」である。業界内の統合が急速に進み,何十社もの新興通信業者が破産申請した。その結果,全米どの地域でも「電話会社1社とケーブルテレビ会社1社」が市場を占有するという,「通信デュオポリー」構造が出来上がってしまったのだ。

 メルトダウンの原因は,多くの企業が小さな機会に殺到したためとも,ブッシュ政権の放任主義の元で既存の大手通信業者が利するように規制が解釈されたためとも言われる。いずれにしても,結果として米国は世界15位という「ブロードバンド後進国」に転落してしまったのである。

 そうした中,既に様々な業界団体や擁護団体が政権移行チームに日参して数々の提言を行っているようだ。特に動きが慌ただしいのは,インターネット中立性とブロードバンド分野である。

 インターネット中立性については,最近,規制化を急がせるような騒ぎがあった。米グーグルが複数の通信業者に働きかけて施設内に独自のキャッシュ・サーバーを設置し,アクセス頻度の高いデータの呼び出しを高速化しようとしていることが明らかになったのだ。これに関して,ウォールストリート・ジャーナル紙が12月15日付で「グーグルは長年掲げてきたインターネット中立性原則を捨てた」と報じ,多くの反響があった。インターネット中立性の純粋な信奉者は,「皆が同等な速度を与えられるべきなのに,これでは順番飛ばしが許される」と指摘している。

 問題は,グーグルのやり方がインターネット中立性の原則を覆すものかどうか,そもそも中立性の定義は何かといった核心部分で,共通認識が無かった事実が表面化したことである。オバマ氏は,インターネットのオープンな競争を促進するために,早くから中立性支持を明らかにしてきたが,いまだ具体的な政策は示していない。

 かつてオバマ氏は,「特定のWebサイトに対してプロバイダが優先権を与えると,小さな声がはじき出される。それは米国にとって敗退になる」と発言したことがある。つまり資金力のある者が中小企業を脇に押しやると公平な競争原理が働かなくなり,米国産業には良い結果をもたらさないということだ。一方で,グーグルのエリック・シュミットは,大統領選時から引き続き政権移行チームでも経済政策アドバイザの一員を務め,オバマ氏に非常に近い位置にいる。グーグルに近いオバマ次期大統領がこの問題にどう取り組むのか,否応にも注目が集まる。