一般的に「経済学」は自然に敵対的だといわれている。これを理解するには,欧州の辺境・英国に経済学が生まれ,それがその後の世界で主流経済学となった歴史と,その背後に横たわる自然との関係を見なければならない。
経済学の発達はここ200年間が顕著であるが,その同じ200年間は現代文明が隆盛を極めてきた。人によって定義は異なるのだろうが,私は現代文明とは産業革命によって確立された経済システムのことであり,その大本には欧州の自然克服思想があると考えている。そして,この現代文明という経済システムを正当化して説明するのにもっとも適している学問が英国の経済学であった。
過酷な自然環境が生み出した「経済学」
産業革命と経済学を生み出した原動力は,欧州の過酷な自然環境と,そこからくる貧困状態があった。土地生産力の少なさから飢餓が蔓延した当時の欧州は,アジア世界からは想像もつかないほどである。
自然が豊かさを与えてくれないという条件のもとに経済学が形成された。自然に期待できない以上,富を生み出すものは自然以外で考えることになる。経済学は,価値を形成するものは何かという課題に取り組み,労働であるとの結論を出した。
ドイツ人ハンス・イムラーによって書かれた『経済学は自然をどうあつかってきたのか』は,本格的環境経済学を考案しようと試みた名著だ。イムラーはこの中で,ジョン・ロックからカール・マルクスにまで至る経済学の流れの中に,自然と別個に価値を形成する労働価値の発達を見て取る。イムラーは述べている。「自然を征服する労働だけが本来的な価値形成を具現している」
経済学はその出発点の一つ,ジョン・ロックの思想の中で,既にその後に発展していく方向性が示されていた。ロックは英国名誉革命時代の思想家で,「自然法」で近代的所有権の理論を打ち出した人物であるが,そこでの所有権の根拠は労働であった。
ロックによれば,もともとの自然は万人の共有物で,誰の持ち物でもない。しかし,自然状態で生きていたシカを,米国先住民族の狩人が狩猟で捕らえることで自分の所有物とする。このように所有物は,労働によって自然の共有状態から取り出されたものとみなす。しかしシカが育つための草地の生育などは考慮の外にあった。シカがいるという前提から始まっているのである。
この労働価値説の流れを受け継いだのはアダム・スミスである。実はスミスの経済学は重農主義の流れも受け継いでいたため,必ずしも自然を無視した経済学ではなかったが,スミスが紹介した二つの労働価値のうちの一つが投下労働価値であった。これは商品の価値が投下された労働によって決まるというものである。スミスは,「あらゆる物の真の価格,すなわち,どんな物でも人がそれを獲得するにあたって本当に費やすものは,それを獲得するための労苦と骨折りである」と述べている。