前回は「世界」を見つめ直す5冊を紹介した。今回は日本について考える本を紹介する。私は外資系企業に14年、外務省に2年勤務した。米国にも6年間住み、世界88カ国を旅した。その上で痛感するのが日本人と日本社会の行動様式の分かりにくさだ。日本では大事なことがその場の空気や気配りで決まる。いつも「日本はだめだ」と自信がない。ところが妙に目先の利に聡い。そして世界に冠たる経済大国である。いったいこの国はどうなっているのか。運動法則を解明するうえで以下がお勧めである。

1.梅棹忠雄『文明の生態史観』(中公文庫)
 著者は文化人類学者である。「欧州と日本はそれぞれユーラシアの東西両端に位置し、文化も言語も異質だ。だがともに四季に恵まれ封建主義を経験した。そこから両者に近代資本主義が生まれた」という。本書は50年前に書かれ、「日本は遅れたアジアの小国で明治以後にやっと近代化した」という欧米のステレオタイプ的見方を根底から覆した。

2.高坂正堯『海洋国家日本の構想』(中公クラシックス)
 今から45年前、日本人はまだ敗戦後の自信喪失状態から立ち直っていなかった。そんな中で、当時わずか30歳の著者は現実直視の外交・平和論の論陣を張った。そして左右のイデオロギーを超越した立場から「これからの日本は海洋国家として一定程度の軍備を備え、通商に加えて途上国の経済発展に協力することで新たな挑戦の機会を持つべき」と主張した。彼はその後のわが国の国家戦略を予見していた。昨今、ジョセフ・ナイのソフトパワー論、スマートパワー論が話題だがそれも先取りしている。著者の先見性と現実性には驚嘆させられる。

3.宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)
 著者は戦後間もない日本各地を隈なく歩いて人々の伝統的暮らしを収集分析した民俗学者。えてして封建的、閉鎖的とされがちな日本の農村社会の中に巧みな対話や紛争解決、そして助け合いの仕組みがあると指摘した。なるほど本書に描写される対馬の村の寄り合いの様子は現代の大企業の役員会にそっくりだ。日本の組織は決定までの調整に膨大な時間とエネルギーを費やす。だが決めたら確実に実行する。こんな日本の組織のDNAの由来がわかる名著である。

4.司馬遼太郎『竜馬がゆく』(文春文庫)『坂の上の雲』(文春文庫)
 日本を代表する国民作家の代表作である。著者は歴史小説を通じて「日本とは、そして日本人とは何か」を明らかにした。日本人に対する氏のまなざしは優しく暖かい。東洋の片隅で必死に世界の動きを洞察しけなげに生き抜き国としての独立を堅持した先人への愛に満ちている。一方で優柔不断な幕府の官僚主義の描写は現代への風刺でもある。

5.山岸俊男『安心社会から信頼社会へ』(中公新書)
 筆者は、これまでの日本社会では終身雇用制や村社会のような持続的関係の安定性が人々に「安心」を与えていたという。著者は「激動化する現代ではこれが逆に人間不信や閉鎖性を生み出している。これからの日本人は未知の相手とも対話し、『信頼』を構築することで問題解決する社会を目指すべき」と主張する。たしかに転職や移動の拡大、外国人の増大や格差拡大などを機に従来型の安心社会の維持コストは増大する一方だ。「信頼社会」の構築に向けた社会の仕組みづくり(情報公開、評価格付けなど)が必要だろう。

 以上の5冊はいずれも日本のすばらしさを評価したうえで弱点とその克服策にも言及している。先人の知恵にヒントを探してみたい。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一 慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生など編著書多数。