「クラウド・コンピューティングはバズワードに過ぎない」という人は少なくない。弊社の中でも聞いたことがある。クラウドを追いかけている記者としては「言葉の定義が曖昧すぎる」という批判は甘んじて受けたいと思う。それでもバズワードという言葉を口にするたびに、その人が大切なものを失っていることは指摘させてほしい。失っているものとは「チャンスの芽」だ。

 「バズワード」はたまた「バズ」は、気の毒な言葉である。そもそも「バズ」とは、あるものがじわじわと口コミで話題になり、ある時一気に有名になっていく様を表した言葉だ。オープンソース・ソフトウエア(OSS)が広まっていく過程などは、典型的な「バズ」といえる。

 実際に、バズに関する教科書といえる「クチコミはこうしてつくられる―おもしろさが伝染するバズ・マーケティング」(原題は「The Anatomy of Buzz」、Emanuel Rosen著)を翻訳した慶応義塾大学商学部の浜岡豊教授は、OSSコミュニティをその研究対象にしていたりする。しかし今日、「Rubyはバズワード」などと言うと、猛烈なおしかりを受けることだろう。バズやバズワードは、言葉そのものが否定的な意味を持つようになってしまったからだ。

 ちなみに浜岡教授は、大学院で原子力工学を専攻した後に、野村総合研究所勤務を経てマーケティング研究に転じたという異色の経歴を持つ。浜岡研究室の学生は、オープンソースの統計処理ソフト「R」を使って、多変量解析を駆使した消費者行動研究に励んでいるそうだ。

 話を元に戻そう。バズワードは本当に便利な言葉だ。「~はバズワード」と口にするだけで、浮ついた世間の流行から一歩身を引いて、冷静に物事を分析している気分になれる。しかし記者は、バズワードという言葉は、人の心から情熱を奪い去る麻薬のようなものではないかと危惧するのだ。

Second Lifeで新たな職に出会う

 記者がこう思うようになったのは、最近、仮想世界「Second Life」に関連するちょっといいエピソードを知ったからだ。Second Lifeもクラウド以上にバズワードのレッテルを貼られているのはご存じの通り。しかしSecond Lifeがきっかけで、現実の人生を一変させた人もいる。今回紹介したいのは、イタリア人のSimone Brunozzi氏だ。

 Simone Brunozzi氏は32歳。現在の職業は、米Amazon Web Servicesの「テクノロジ・エバンジェリスト」。ルクセンブルグを拠点に、同社のクラウド・コンピューティング・サービス「Amazon EC2/S3」の普及活動に多忙な日々を送っている。旅行者向けのSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)「dopplr」で公開している情報によれば、彼が2008年5月18日から2009年3月までに移動する距離は、予定も含めて通算17万5060キロ(地球をおよそ4.4周)になるという。平均すれば時速14.68キロで地球を移動し続けているようなものだ。

 Brunozzi氏の前職は、イタリア・ペルージャにある外国人向けの大学のシステム管理者である。2007年11月まで「誰でもできるようなシステム管理者の仕事をして、飽き飽きしていた」という。

 そんな彼の当時の趣味がSecond Lifeだった。Brunozzi氏はイタリアのアッシジにある世界遺産「サン・フランチェスコ聖堂」をSecond Life内で再現するというプロジェクトに参加するなど、Second Life内で3次元CGを制作する高いスキルを有していたという。

 Brunozzi氏の生活は、ある日を境に一変する。きっかけとなったのは、Second Life内で開かれた就職セミナー「Luxembourg Virtual Job Fair」だった。これはSecond Lifeの「アバター」を使い、リクルーターのアバターと求職者のアバターがSecond Life内で面接することで、就職の機会を見つけようというものだった。

 Brunozzi氏はここでAmazon Web Servicesの「テクノロジ・エバンジェリスト」という職に出会い、2008年5月に同社に入社したのだ。

熱意と技術を猛烈にアピール

 もちろんBrunozzi氏が、Second Life内の「バーチャル面接」だけでAmazonに就職できたわけではない。バーチャル面接の後は、電話面接を2回、Amazonの欧州拠点があるルクセンブルグで合計3時間の面接を3回、シアトル本社で行われた合計6時間半に及ぶ8回の面接をくぐり抜けて、テクノロジ・エバンジェリストの地位を得ている。特に最後の面接は過酷で、わずか1日の間に8回の面接を行い、休憩時間は昼食に用意された15分だけだったという

 しかし、Brunozzi氏がAmazonに採用された最大の要因は、Second Lifeそのものと、彼の「熱意」にあったようだ。というのもBrunozzi氏は、Second Life内のバーチャル面接直後から、猛烈な就職活動を開始しているからだ。

 Brunozzi氏はまず、今回のテクノロジ・エバンジェリスト採用のトップが、同社シニア・エバンジェリストのJeff Barr氏であることを、リクルーターの発言から突き止める。その上でJeff Barr氏が開設するブログを熟読し、Jeff Barr氏がちょうどSecond Lifeに強い興味を持っていること、Amazonが提供する各種Webサービスの機能をSecond Life上で3次元CGを使ってシミュレーションしようとしていることを知ったのだ。