遠藤 紘一
リコー 取締役副社長執行役員CSO兼全社構造改革担当

 タイガー・ウッズが使うゴルフクラブを使えば、誰でもボールを300ヤード以上も飛ばせるかといえば、そうではない。むしろ普通のクラブよりますます飛ばなくなったり、球筋が定まらずに苦労したりする可能性もある。

 1990年代後半から“魔法の杖”の経営改革ツールとして登場したERP(統合基幹業務)パッケージとは、そういうものではなかったかと私は考えている。ERPが登場した時、コンサルタントは一斉に「全社最適」を一般企業の経営者に説き始めた。別にERPパッケージ自体が悪い製品だと決めつけるつもりはない。グローバルな会計基準に合ったパッケージをいち早く導入することや、海外における導入・運用サポートを考えた時に、海外のERPパッケージを導入するのは有力な選択肢だったとは思う。

 だが問題だったのは「一気に財務、物流、生産、販売管理など隅々までERPを導入して、トップダウンで全社最適を図って業務を見直しましょう」という、いわゆる「ビッグバン方式」こそが、ボトムアップで部分最適のシステムを作るより経営効果が大きい、という主張をIT(情報技術)業界が一斉に行ったことだ。

 本当にそうなのだろうか。「全社最適のシステムを一気に作る」ことは、そもそも現実的に可能なことなのだろうか。私には、大型パッケージを使って一気に全社最適のシステムを作ることは、巨大な“一筆書き”をやらされるようなもので、途方もない神業を要求されているように思えるのだ。

 ERPパッケージが登場した当初、私は売り込みに来たベンダーにこんな質問をしたことがあった。「あなたのERPで言う通りの効果を出すにはどのようなデータをどのタイミングで入力すればよいのか?」。ところが、ERPベンダーのコンサルタントは答えに詰まるばかりで、教えてくれなかったので、「こんな質問にも答えられない人たちに、フィット・アンド・ギャップ分析(パッケージの仕様と、業務のあるべき姿を比較する作業)などまともにこなせるわけがない」と私の興味は一気に冷めてしまった。その後、ERPパッケージを導入した他企業のCIO(最高情報責任者)に裏で聞くと、表向きは導入に“成功”したことになっている企業も、実際にはそこそこ稼働させることができただけで、全社最適など大して実現できたとは思っていないようである。

 そもそも、システムを作るそばから、経営環境は変わっていき、ある瞬間の全社最適は、次の瞬間には全社最適ではなくなってしまう。このような現実に対して、同一ベンダーの大型パッケージで企業システムを統一しようという考え方はむしろ柔軟性を欠いている。