技術伝承がうまくいかず開発現場が弱ってはいないか? ベテラン技術者は何かを伝承しようという意欲を失っていないか? 伝承すべきものがあるとしてそのコツはあるのか? 業界のご意見番,日本情報システム・ユーザー協会の細川泰秀さんに聞いた。(聞き手は本誌編集委員 尾崎憲和)

メインフレームの時代に比べて,システム開発の現場が弱っているのではないかと言う人がいます。ベテランの技術が伝承されていないことが原因ではないでしょうか。

細川 泰秀氏
細川 泰秀氏

 確かに,次世代の技術者を育てようというモチベーションをそぐ要因がこの業界にはあります。まず階層がフラット化しています。昔は地位も給料も年功序列でしたが,今は逆転がいくらでもある。後進を育てると自分の地位が危うくなるから嫌だという人がいる。そうでなくても,せっかく育ててもすぐ転職してしまう。そういうことが2~3回も続けば,伝承しようという意欲も失せてしまいます。

 成果主義と長時間残業も問題です。現場はあまりにも目先の成果に追われている。だから,教えている暇がない。IT業界が技術を伝承しにくい環境にあるということは否定できません。

 環境だけでなく,伝承するための努力も惜しんできたかもしれません。例えば,自分たちが蓄積してきた技術を整理できているでしょうか。整理できていれば,必要に応じてその技術をいつでもさっと使えると思うのですが,そうなっていません。数年前に,メガバンクのシステムがダウンしたときのこと。多くの人があのプロジェクトを批判したけど,批判した人たちに「あのプロジェクトは工期が通常より何%短かったか知っていますか」と聞いてみたわけ。誰も答えられないんです。これが今のIT業界なんですね。

 そもそも,どれくらいの規模,工数のときにどれくらいの工期が必要なのか。それを判断する基準がないのです。そういうことを考える技術は,経験を積んだベテラン技術者の頭の中にはあるのだけど,伝承できる形に整理されていない。そういう取り組みもおろそかになっていたと思います。

 ただ,だからといって技術を伝承できないとは思いません。IT業界では,ここ何年も試行錯誤が続いています。開発リソースのあり方もその一つです。1990年代後半からシステムの開発や運用をどんどんアウトソースするようになった。そうしたら社内にノウハウがなくなって支障が出てきた。これではいけないということで,もう一度自社にエンジニアを戻してみる。そういう動きの中からうまく伝承できるやり方が見えてくると思います。

そもそも技術の変化についていけないベテランが「伝承すべきものがない」と自信を失っているということはありませんか。

 言語や製品のような要素技術は,新しいものがどんどん出てきます。ベテランになるほど,その流れについていくのは大変です。やっぱり若い人の方が柔軟性は高いから,習得は速いですよね。Ajaxみたいな最新技術など私もついていけないところがあります。新しい技術の仕様や思想は伝承が難しいと思います。個々の技術者がそれぞれに学ぶべきものでしょう。

 ただ,要素技術が分からないだけで自分はすべての技術で劣っていると思ってしまう人がいるようです。それは間違いです。COBOLとPL/Iしかやったことがないから,Javaが分からないという。Javaが分からないこと自体は問題ではないんです。要素技術がどう変わろうと勘や経験がものを言う場面はあるんですよ。勘や経験を伝えるには,そこからエッセンスを抽出して,汎用化するプロセスが必要です。それが意外に顧みられていないだけなのです。勘や経験はベテランこそが持っています。自信を持ってほしいですね。