NPO法人「SESSAME(組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会)」では,OJTを通じたスキルの伝承を研究している。その内容は情報システムにも通じる。理事の渡辺氏に,伝承の方法論を解説してもらった。

渡辺 登 情報処理推進機構 ソフトウェア・エンジニアリング・センター 組込み系プロジェクト 研究員

 経営学のカリスマと呼ばれるP.F.ドラッカーは著書の中で次のように述べている。「今日求められているものは,知識の裏づけのもとに技能を習得しつづける者である。純粋に理論的な者は少数でよい。しかし,技能の基盤として理論を使える者は無数に必要とされる」(図1)。

図1●P.F.ドラッカーの言葉
図1●P.F.ドラッカーの言葉

 知識は,紙やデータの形で伝達できる。ソフトウエア開発でも作業手順やツールについて多くの知識が紙やデータで存在し,受け継がれている。

 一方,技能とは知識を駆使して作業を遂行する能力のことである。知識のように紙やデータで伝達することが難しい。この技能を持つ技術者が大量に求められている。

 プログラミングの場合,人によって生産性の違いが大きい。最適なアルゴリズムを引き出す力などに差があるからである。モデリングでは,抽象化する能力や最適解を選択する能力の差がモデルの巧拙につながる。デバッグではバグの原因を推定する力などが求められる。

 これらがソフトウエア開発における技能である。ただし技能という言葉は,製造や伝統芸能の現場をイメージしやすいので,ここではこの能力をスキルと呼ぶ。スキルには熟達化していくプロセスがある。「記憶力の向上」→「下位技能の自動化」→「問題の直感的把握」といった段階を踏む注1と言われている(図2)。この段階を早く確実に進めるため,OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を通じてスキルを伝承するための方法を解説する。

図2●OJTを通じてスキルが熟達していくプロセス
図2●OJTを通じてスキルが熟達していくプロセス