プロジェクト・マネージャ(PM)にはITの技術に加えて,幅広いビジネス・スキルが求められる。「火を噴く兆候を現場でかぎ取る」「内包するリスクを洗い出して可能性や危険度を分析する」「レビューやテストを段階的に実施して戦略的に品質を高める」といった技術は,机上で方法論を講義しても伝わらない。

 そのような技術を伝承するために,実際のシチュエーションを体験させよう。あるいは,経験者の考え方を学び取れる環境を作ってみよう。体験の場を用意することで効果を上げている現場の取り組みや,ネットワーク上のコミュニティを活用する新しい試みを紹介する。

ミニ・プロジェクトを活用

 人事関連システムの構築・運用を手がける住商情報システム ERPソリューション事業部 HRソリューション部では,段階的な体験の場を若手に用意し,プロジェクトの成功体験や失敗体験を戦略的に積ませている。それによって「火を噴きそうな匂いをかぎ取る」「求められる経験やスキルを持つ人材をうまく集めて,そのメンバーをまとめ上げる」などの技術を伝えている(図5)。「プロマネに求められるスキルの多くは,経験から得られる勘所にほかならず,マニュアル化しようがない」(HRコンサルティングチーム マネージャ 原田勝裕氏)ためである。

図5●段階的にプロジェクトを体験させる
図5●段階的にプロジェクトを体験させる
住商情報システムのERPソリューション事業部 HRソリューション部では,プロジェクトに潜むリスクを察知する技術などを伝えるため,プロジェクト・マネージャの仕事を若手に段階的に体験させている

 原田氏が特に重視しているのが,リスク管理や品質管理などのガイドラインを含むプロジェクト・マネジメント規約を策定してそれをメンバーに理解させる技術と,適材適所の人材を調達する技術の伝承である。規約を理解させる技術を重視しているのは「すべてのメンバーがガイドラインとして定めたものをルール通り実施していれば,そうそう問題が生じるものではない」(HRコンサルティングチーム PeopleSoftチーム 課長 阿部秀史氏)と考えるためだ。

 また人材調達の技術の伝承に力を注ぐのは「適材適所の人材を調達して,それをまとめ上げるところに大変さがある」(原田氏)からだ。ここでは,人脈がものを言う。人脈を広げるには数多くのプロジェクトに参加して,多くの人と一緒に仕事をするのが近道である。人脈が豊富だと「こういうことはこの人に聞けばいいというブレーンを持つことにもなる。それが,経験値を大きく押し上げる」(原田氏)というメリットもある。

 入社したばかりの新人に対しては,セミナーなどで先輩プロマネの体験を聞かせ,それを追体験させる。入社後数年は,本人の希望も聞いた上で,プロジェクト・メンバーとしていくつかの役割を担わせ,体験を積ませる。本人の希望を尊重するが,希望通りの役割を与えられない場合には,その体験から得られる,将来PMの役目を担ったときに生きる具体的な技術を説明するという。

 その後,場合によってはサブ・マネージャとしてプロジェクトに参加させ,アシスト役を体験させる。現場でのヒアリングや資料収集など意思決定に必要な情報を集める作業を手伝わせるのである。実験プロジェクトを運営させて,模擬体験させることもある。

 PMの技術を伝承する場はミニ・プロジェクトがよいという。「大規模システムではリスクを取れない。ミニ・プロジェクトであれば,先輩のバックアップのもとでいくつもの成功体験を積める」(原田氏)。

 その間,成長を促すため,惜しみない支援をする。プロジェクト遂行中に発生した課題に対して「俺ならこうするけど,お前はどうする」などと,コーチ役として相談に乗る。プロジェクトが成功したら「よく頑張ったな」と褒め,認める。それがモチベーションを高める。また成長の糧になる。失敗した場合でも,本人の責任にならないよう周りがフォローする。それにより,本人のプライドを傷つけることなく失敗の体験を積ませられる。

 ミニ・プロジェクトを卒業して,中規模プロジェクトのPMを務めるようになっても,注意を払うべき事項をアドバイスし続ける。「しばしば,雑談の中で若手PMからプロジェクトの相談を持ちかけられる。ベテランのアドバイスから若手PMが何かをつかみ,その実践により新たな体験が生み出される」(原田氏)。