プロジェクトの失敗は,上流工程に根ざすことが多い。ヒアリングに漏れが生じて必要な機能が実装されなかったり,ドキュメントに残るあいまいな表現が解釈の違いを生んで的外れな機能が実装されたりする。

 それほど重要な工程であるにもかかわらず,上流工程の技術は体系的に整理されていない。経験を積んだ技術者でさえ何となくうまくやっているというのが多くの現場の実情である。

 まずは,伝える側が伝承すべき技術の「型」を抽出しよう。その上で,抽出した技術の型を後輩に伝えるよう心掛けよう。

 ここで言う型とは,同じ状況であれば誰もが同じように振る舞うという「標準」や「作法」のことである。こうすれば大きな失敗はしない,このようにすると効率が高い,といった経験則から特に重要な点を抽出して作るものだ。これから技術を身に付けようとする若手に対して,その型を教え,そして型通りに作業させることで,その技術を効率よく伝承できる。型を使って上流工程の技術伝承を実践している,現場の取り組みを見ていく。

まずは型を抽出する

 「メインフレームで培ってきた要件定義や設計の技術はクライアント/サーバー(C/S)やWebでも通用する。今,C/SやWebの技術者に引き継ぐべき技術を抽出して,標準化している」。

 こう語るのは,日本トラスティ情報システムで技術者の人材育成を手掛けてきた益田美貴氏(システム企画部長)。信託銀行のシステムを開発・運用する同社の現場には,メインフレームにおいては肉厚な技術が蓄積されている。しかし,1990年代から増えてきたメインフレーム以外のシステムでは個々の技術者が“自己流”で設計するシステムが蔓延し,保守しにくい状態になりつつあった。

 その状況を解消すべく動き出したのが4年前。コンセプトは「すべての技術者にメインフレームで培った技術を伝承すること」である。「メインフレームは税率が変更になったときなど,コードを1カ所書き換えれば済む作りにしている。そのようにデータやロジックをうまく配置する技術は,システムのアーキテクチャによらず応用が利く」(益田氏)との考えからだ。

 まず,新人研修でメインフレームの基本を教える。その上で,引き継ぐべき技術を教え込む。その技術とは,「ユーザー認証や取引権限などのセキュリティ要件」「日付算出関数や四則演算関数などのシステム共通関数」「ネーミング規約」「コーディング規約」「SQL文の記述ルール」「業務要件に関連するコードの記述場所」「ウォータフォール開発のプロセス」などである。これらはメインフレームの世界では開発標準として決められていたものばかりである(図1)。

図1●メインフレームで培ったノウハウをC/SやWebの技術者に伝授する<br>日本トラスティ情報システムでは,メインフレームで培った上流工程のノウハウをパターン化し,社内標準として整理している
図1●メインフレームで培ったノウハウをC/SやWebの技術者に伝授する
日本トラスティ情報システムでは,メインフレームで培った上流工程のノウハウをパターン化し,社内標準として整理している
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 開発言語やアーキテクチャの違いでそのまま適用できないものは,開発標準を修正する。新たに標準化されるものもある。船頭多くして…の状態に陥らないように,標準化は少数の限られたメンバーが担当する。通常は2~3人の標準化チームが担当している。