難攻不落とされる顧客が自社のセミナーにやってきた。商談にこぎつけたものの、顧客の気持ちはライバル企業に傾いていた。しかも予算が想定より少ない中、逆転を狙う。

 「このままでは競合のA社に勝てないかもしれない」。TISのファイナンシャルシステム営業部に所属する富沢真沙刀は、焦っていた。2007年11月29日に開いた富士火災海上保険との3回目のプレゼンが終わった後のことだ()。

表●富士火災海上保険がテキストマイニングシステムをTISに発注するまでの経緯
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表●富士火災海上保険がテキストマイニングシステムをTISに発注するまでの経緯

 富沢が挑んでいたのは、富士火災のデータ分析システム。コールセンターに寄せられた顧客の要望や苦情を一元管理し、その内容を分析して社内で共有するものだ。

 TISは、子会社であるクオリカのテキストマイニングツール「VextMiner」を軸にしたソリューションを富士火災に提案。3回目のミーティングでは、サンプルデータを使ってVextMinerの使い勝手と機能をデモするつもりだった。「まずは操作性と簡単な分析結果を見てもらえばいいだろう」。こう富沢は考えていた。

 ところが、出席していた富士火災の担当者から、データの解析に使う単語辞書のメンテナンス頻度や処理性能、導入価格などに関する細かな質問が飛んできた。

 「製品選びのポイントが具体的になっている。ライバルのA社がかなりの情報を(富士火災に)提供し、距離を縮めているにちがいない。巻き返しを図らねば」。富沢は次の策に思いを巡らせた。

セミナーに参加した顧客に接近

 商談の始まりは、TISが2007年7月13日、子会社と共催した保険業界向けのセミナーだった。セミナーの参加者リストを見ていた富沢の目に真っ先に留まったのが、大阪に本社を置く富士火災の社名だった。

 富士火災には大手ITベンダーが食い込んでおり、TISの大阪本社にとっては「難攻不落」という評判だった。富沢は、チャンスとばかりに富士火災の担当者に連絡を入れ、8月30日に会う約束を取り付けた。

 1回目はあいさつ程度で済ませ、2回目の9月25日に具体的な提案に入った。富士火災の窓口役は、企業品質監理部の工藤健。富沢は工藤にVextMinerの導入実績を訴えた(図1)。

図1●富士火災海上保険が発注先をTISに決めたポイント
図1●富士火災海上保険が発注先をTISに決めたポイント
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 富沢が特にアピールしたのが、VextMinerの機能である。顧客の要望やクレームなどのテキストデータを、独自の辞書で内容を解析し、自動的に分類する。この後も、マウス操作で簡単にデータを分類し直せるのが売りである。特に保険業界のように、問い合わせ内容が複雑であるほど真価を発揮すると考えた。

 富沢は、工藤にこう語った。「保険業界の顧客の苦情は内容が複雑で、相手が感情的になることも多いはずです。VextMinerは、そういった難しい会話や文脈の解析に強みを発揮します」。富沢は、開発部門の担当者と一緒になって、工藤の疑問に的確に答えようと努めた。

 工藤は「VextMinerを実際に使ってみないと判断できない」として、サンプルデータによる分析結果をデモするよう富沢に依頼した。さらに工藤は「他社製品との比較も必要だと考え、A社のテキストマイニングツールも研究しています」とも伝えた。

 富沢は、金融業界を得意とする大手SIerのA社の存在をここで初めて知った。「競合は手強い」。富沢はこう思い、気を引き締めた。