筆者はSEの転職にいささか否定的な意見を持っている。なぜなら,転職が果たして文字通りの「転職」になっているか,極めて疑問だからである。

 転職とは「職を変える」ことだ。これは,仕事の内容や職種を変える,という意味である。ところが実態を見ると,多くの転職は「転社」,つまり会社を変えているだけのような気がする。A社からB社に移ったからといって,やっている仕事は何ら変わらない。変わったのは労務環境や周囲の人間,開発の環境だけ。そんな転職が多いのではないか。

 もちろん,収入面・福利厚生面の改善や,人間関係の変化を求めて会社を変えることに100%意味がないとは思わない。しかし,それが転職の最大の目的,あるいは唯一の目的だとしたら,そんな「転社」に何の意味があろうか。

 少なくともSEとしてのキャリアには,何ら利益をもたらさないと考える。転職業界では「キャリアアップ」という言葉が盛んに使われるが(筆者はキャリアアップという言葉の響き自体が好きではないが),会社が変わっても仕事の内容がまるで変わらないのなら,それはキャリアアップでも何でもない。

 繰り返すが,転職とは職を変えることである。例えば,流通関連システムの経験を積んできたSEが「金融関連の経験も得たいが,今の会社ではその機会がない」と考え,会社を変えてチャンスを求める。あるいは「プロジェクト・マネジャーの仕事がしたい。その力が自分にはある」と思っているSEが,今の会社では設計やプログラミングの仕事しかさせてもらえないから,「プロマネ募集」という求人を見て会社を変える。このように,業界や職種,仕事の内容を変えてこそ,転職は真の意味で転職となり,キャリアの醸成につながるのではないか。

 職種を“大きく変える”のもよいことだ。例えば,ソフト会社で会計関連のシステムを担当していたSEが,会計の知識を徹底的に身に付け,一般企業の経理部門に移る。金融システムを担当していたSEが,金融機関に転職して金融の専門家を目指す,というのもアリだろう。

 今の時代,どんな業務にも情報システムの知識を持った人材が求められている。SEでありながら非SE的な仕事を目指すことも大いに可能だし,そうして一般業務の経験を積んでから再びSEに戻ることも可能だ。システム知識に加えて,実務経験も豊富ということになれば,まさにスーパーSEの誕生である。

 このような人材なら,採用担当者は履歴書を見ただけで,即座に飛びつくだろう。逆に,会社を転々としてはいるものの,仕事の内容は大同小異,といった人材の履歴書ほどつまらないものはない。それならば,転職せずにチームメンバーからチームリーダー,プロマネへと,地道に階段を一歩一歩上っているSEの方が,堅実性が感じられて好感が持てるだろう。

 会社を変えるということは,そこに何らかの意味がなければ,かえって自らのキャリアに泥を塗りかねない。そういうリスクのある行為だということを忘れないでほしい。

 転社ではなく転職。この原則を頭にたたき込むことだ。隣の芝生は青く見える。転社した後で後悔しても後の祭りなのだ。

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)