筆者は子供のころから趣味でギターを弾いている。今は仲間同士でバンドを組み,月に何度か集まってビンテージロックやらポップスやらを演奏するのだけれど,これは現在の筆者の最大の楽しみと言ってよい。

 十数年間のサラリーマン時代は余裕が全くなかったので,バンド演奏は学生時代から途絶えていたのだが,今年ようやく再開した。だから久しぶりのバンド演奏には大いに戸惑ったし,今もかなり苦労しているが,まるで学生時代に帰ったように楽しんでいる。新たに学ぶことも多く,実に新鮮な気持ちだ。

 言うまでもないが,バンド演奏はチームプレイである。ギター,ベース,ボーカル,ドラムなど,それぞれの奏者の技量が高くても,だからといってバンド演奏がバッチリ決まるというわけにはいかない。1曲を何回,何十回と全員で合わせて演奏し,数多くのミーティングを行ってまずいところを修正し,ようやくまともに演奏できるようになる。筆者はそうした経験を重ねるなかで,「バンドとしての完成度を高めるためには“相互干渉”が極めて重要である」ということが分かってきた。

 それは,メンバー同士の意見の相互干渉であり,演奏中に各自が出す音の相互干渉でもある。何にせよ,1人ひとりが譜面通りに完璧に弾いたとしても,バンドとしてはうまくいかないのだ。ギターはベースやドラムのパートに干渉し,ベースはドラムやギターに干渉し,という具合に,お互いに絡み合いながら音を出していかないと,音楽としてのまとまりに欠けるのである。

 簡単に言えば,他人の演奏の音をよく聞いて自分の演奏にフィードバックするということだ。だからといって他人の音にやみくもに合わせるという意味ではない。ときには他人の音をインターセプト(横取り)したり,逆に自分が他人のプレイを無理やり引っ張ったりすることもある。「協調」ではなく「干渉」という言葉を使ったのは,ただ他人のペースに合わせて演奏するのではなく,お互いにぶつかり合うことが重要だからである。

 情報システムの開発においても同じことが言える。SE各自の技術力が相応に優秀であることは,プロである以上大前提となるが,それだけではプロジェクトは成功しない。自分に与えられた仕事だけを見て完璧にこなせば,それはそれで確かにSE個人の責任をある程度果たしたことにはなるだろう。しかし,プロの仕事としては半人前である。

 SEはプロジェクトの一員である以上,プロジェクトとしての完成度を高めることに貢献しなければ,本来の仕事を全うしているとは言えない。プロジェクトを成功に導くためには,自分の仕事だけでなく他人の仕事にも目を向け,ときには干渉し,ときには影響を受けながら,進めていかなければならないのだ。

 干渉の相手は同僚や部下とは限らない。たとえ上司であっても指示をうのみにするのではなく,指示が本当に正しいかどうか自分なりに検証し,場合によっては上司の意見を正すくらいの気構えが欲しい。つまり,立場を問わずすべてのプロジェクト・メンバー間の「相互干渉」が不可欠なのである。

 最近は色々な意味で個人主義が行き過ぎていて,SEに限らず「自分に与えられた任務さえ果たせばそれでよし」とする風潮があるように思う。しかし,バンドやオーケストラがそうであるように,リーダーや指揮者がいかに有能であっても演奏者個人が自分の譜面だけを見て閉じこもっている限り,絶対に演奏にまとまりは出てこない。

 読者の皆さんも,ほかのメンバーが奏でる音(仕事)に耳を澄ませてほしい。その音がしっかりと聞こえるようになったらしめたものだ。そのプロジェクトは必ずや成功し,聴衆(顧客)の心に響く美しい音を奏でることができるに違いない。

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)