松本直人/ネットワークバリューコンポネンツ ニュービジネスチーム

 1990年代に国内で商用インターネットが開始された頃から,「IPv4アドレスがいつかは枯渇する」という問題が指摘されていました。こうした問題への対処策として,IPアドレス・ブロックを細分化して利用するCIDR(classless inter-domain routing)や,単一のグローバルIPv4アドレスを複数のプライベートIPv4アドレスで利用するNAPT(network address port translation)が古くから使われてきました。当時を振り返ると,若干の錯綜(さくそう)はありましたが安定したインターネットを形成する基礎要素になったと記憶しています。

 それから10年以上が経過したいま,インターネット・ユーザーは大幅に増えました。2008年9月末時点で,総務省が集計する国内のブロードバンド・サービスなどの契約数は2976万です。そして加入者数は,現在も年間で数パーセントの割合で増加し続けています。

 ユーザーが増えれば,使われるIPアドレスの数も増えます。その結果,いよいよIPv4アドレス割当領域が減少してきています。これがIPv4アドレス枯渇問題の背景にあるのです。

 IPアドレスがどの程度まで枯渇しているかを表す指標として,アジア・太平洋地域におけるIPアドレスの管理団体APNIC(Asia Pacific Network Information Centre)でチーフ・サイエンティストをつとめるジェフ・ヒューストン氏が同氏の個人Webサイトで公開しているリポートがよく使われます(図1)。これによると,2011年ころに,ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)の一機能であるIANA(Internet Assigned Numbers Authority)が持つIPv4アドレスの在庫が枯渇し,APNICなどのRIR(地域インターネット・レジストリ)の在庫も2012年ころには残りがかなり少なくなると見られます。

図1●IPv4アドレスがいよいよ枯渇する<br>アドレスの未割り当て分は42億9497万個中6億5432万個(2008年8月時点)。年間2億個のペースで消費している。日経NETWORK 2008年9月号特集1「大型NATとIPv6でインターネットはこう変わる」から引用。
図1●IPv4アドレスがいよいよ枯渇する
アドレスの未割り当て分は42億9497万個中6億5432万個(2008年8月時点)。年間2億個のペースで消費している。日経NETWORK 2008年9月号特集1「大型NATとIPv6でインターネットはこう変わる」から引用。
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 IPv4アドレス枯渇による最大の影響は,新規にネットワーク拡張できなくなることです。サーバー,ルーターなど機器の種類を問わず,インターネット上で通信したくてもできないケースが出てきます。IPv4アドレスを使い切ってしまうと,「データ・センターがインターネットに向けてWebなどのサーバーを公開できなくなる」,「ISP(インターネット接続事業者)がインターネットのバックボーンを増強できなくなる」,「ISPが新規ユーザーを収容できなくなる」といった事態が起こります(図2)。そのため,こうした状況に陥らないようにするためのIPv4アドレス枯渇対策が必要なのです。その一つとして,通信事業者単位でNATを実施するキャリア・グレードNATが提案されています。

図2●IPv4アドレスが足りなくなるとデータ・センターやISPに影響が出る
図2●IPv4アドレスが足りなくなるとデータ・センターやISPに影響が出る
今までIPv4アドレスがインターネットの制約条件になることはなかった。IPv4アドレスの在庫がなくなることで,インターネットの成長は止まる。日経NETWORK 2008年9月号特集1「大型NATとIPv6でインターネットはこう変わる」から引用。

 キャリア・グレードNATは,一般的な呼び方です。具体的には,IETFがInternet Draftとして発表している「Common Functions of Large Scale NAT」 (LSN)で示された手法を指します。LSNは,ユーザー側に設置するCPE(customer premises equipment)とインターネットの間に通信事業者が設置した機器でNATを実施することです。なおLSNは,RFC2391として提案されている「Load Sharing using IP Network Address Translation」 (LSNAT)とは別ものです。

 インターネットは,多くの企業が過去10年以上にわたって膨大な投資を行ってきた情報基盤です。キャリア・グレードNATは一過性の対策ではなく,現有資産を延命させる意味でも,継続的な方策として注目が集まっています。過去,データ通信にまつわる技術は,必要とされる技術が必要とされる期間,使われ続けてきました。その過去に倣えば,現在のIPv4ネットワークもおそらく今後10年以上にわたって継続して利用されるでしょう。

 キャリア・グレードNATには,「ポートに利用制限が出てくる」「使えなくなるアプリケーションが出てくる」など,ネガティブな情報が先行しがちです。しかし「ひとつのIPv4グローバル・アドレスを何人のユーザーで共有するか」の割合やそれに付帯する技術を調整することによって,こうした課題をクリアすることは可能です。またキャリア・グレードNATは,インターネットとは隔絶された巨大NAT空間にユーザーが収容します。そのため,インターネットを介してワームから直接攻撃を受けにくくなるというメリットもあります。多くのインターネット・ユーザーが長い間NATを使ってきているという事実も,キャリア・グレードNATが今後のネットワーク変化に対処しやすい手立てだといえるでしょう。

 筆者は既に,キャリア・グレードNATやNATを多段で処理させる「多重化NAT」の環境を構築し,アプリケーションやVPNの挙動を調べる実証実験を行っています。この連載では,IPv4アドレス枯渇問題とIPv4を使うシステムの延命に焦点を当てて,筆者が保有するキャリア・グレードNATの実験結果を基に,我々が今後どのようにインターネットを利用し続けていけばよいかを解説していきます。

松本直人 (まつもと なおと)
ネットワークバリューコンポネンツ ニュービジネスチーム
1996年より特別第二種通信事業者のエンジニアとしてインターネット網整備に従事。その後システム・コンサルタント,ビジネス・コンサルタントを経て,2008年より株式会社ネットワークバリューコンポネンツにて新規ビジネス開発を担当。技術開発からビジネス構築までを一気通貫で担当する。システム延命技術の研究開発に取り組む「仮想化インフラ・オペレータズグループ(VIOPS)」発起人のひとりでもある。