米国でオバマ新政権がスタートした。イラクや中東問題,金融不安など様々な課題を抱える中,新政権が経済建て直しの切り札に掲げているのが,再生可能エネルギー産業の拡大を雇用創出に結びつける「グリーン・ニューディール」政策である。

 「グリーン・ニューディール」とは,再生可能エネルギー分野に今後10年で1500億ドルを投資し,500万人の雇用を創出して景気回復をはかるというもの。太陽光発電,風力発電の生産量を3年間で倍増させ,2015年までにプラグイン・ハイブリッド車100万台の普及を図るほか,200万世帯の住宅に省エネ設備を導入,送電網の更新などの公共事業にも重点投資する。2025年までに同国のエネルギー供給量全体に占める再生エネルギーの比率を25%にするという野心的な目標も掲げた。

 オバマ氏はすでに昨年8月の指名受諾演説の中で,環境・エネルギー分野に重点投資することで産業構造の変革を目指す方針を明らかにしていた。これと前後して欧州各国も政策を発表。英国政府は2020年までに風力発電を7000基建設して,16万人の雇用創出を目指す。ドイツ政府も2020年までに再生可能エネルギー産業を2400億ドルと自動車産業を上回る市場に成長させ,25万人の雇用を創出すると表明している。韓国も約3兆5000億円を環境分野の景気対策に投じるという。

“環境技術立国・ニッポン”,転落の危機

 これに対し,日本はどうか。遅ればせながら2009年1月19日に「日本版グリーン・ニューディール」構想を発表した。今後5年間で環境関連産業の市場規模を100兆円にする目標を軸に,3月をメドに具体策をまとめるという。

 現段階では,自治体の温暖化対策基金の拡充や公共設備への省エネ設備導入支援,消費者への省エネ製品の購入支援などが候補に挙がっている。だが,“ニューディール”と言えるような新産業創出の勢いはなく,何ら新鮮味はない。

 環境省の「日本版グリーン・ニューディール」の広報ページを見ると,「環境によって景気浮揚や雇用創出できるアイデアを“公募中”」とのことだ。この期に及んで一般公募とは。昨年各国であれほど大きな動きがあったのに何の準備もしていなかったのだろうか。政府の環境・エネルギー政策に対する危機感のなさにはがっかりである。

 世界同時株安から間もない2008年10月,筆者はこのコラムで,再生可能エネルギーの国家プロジェクトを1日も早く始動することを提案した(関連記事「グリーン電力を景気対策の本命に」)。それから3カ月以上経って,ようやく「日本版グリーン・ニューディール」が登場したわけだが,相変わらずエネルギー政策のビジョンが見えてこない。入り口となる「エネルギー政策」のビジョンが定まらないことには,いくら出口の「省エネ対策」を数多く打ったところで抜本的な解決にはならないにもかかわらず,だ。

 麻生政権は景気対策にしろ,雇用対策にしろ,国民の“体温”にきわめて鈍感だが,環境・エネルギー分野へと産業シフトを強めている国際情勢においても,同様に鈍感と言わざるを得ない。「米国のグリーン・ニューディールの怖さは,“目前の利益を度外視して”環境技術分野に集中投資が行われることにあり,日本の取るべき方向性と真正面からぶつかる」---東京大学名誉教授の安井至氏は,日経BPの電子技術情報サイトTech-On!のコラムの中でこう指摘している。

 米国のように広大な土地がなく,大規模な風力発電の立地に限界がある日本では,分散型の太陽光発電設備が再生可能エネルギーの本命。ならば,住宅用の太陽光発電設備の本格普及に向け,パネルの量産コストや施工コストの低減,電力線との系統連系の円滑化といった総合的な政策をまとめて重点投資することが急務だろう。

 米国が自動車産業の再生をかけるプラグイン・ハイブリッド車にしても,日本はすでに航続距離30km程度であれば実用化のメドがついたとされる。近距離移動用の自家用車の需要は国内にあるはずで,そのためのインフラ整備や購入支援に投資を振り向けるという手がある。

 数字がすべてではないにしても,米国政府が掲げた再生エネルギー関連投資額の年間約1.5兆円(今後10年の平均)に比べ,日本はその10分の1にも満たないというのでは,早晩日本は“環境技術立国”の冠を返上することになりかねない。日本版グリーン・ニューディールに求められるのは,「新産業創出」のビジョンと,その実現を担保する大胆な予算シフトである。