「次のアポイントメントに遅れそうです。そろそろ出かけないと」,「しょう油が残り少ないのでついでに買っておいてはいかがですか」,「天気もいいし,あまり最近運動していないようなので一駅分歩きませんか」──。
携帯電話とネットワークにつながったコンピュータ群が連携し,“秘書”のようにユーザーの世話を焼く。SF映画の世界のようだが,こうしたサービスが現実になろうとしている。インターネット・サービス事業者や通信事業者がユーザーの趣味・嗜好や端末に内蔵された各種センサーから集まるリアルタイムの行動データである「ライフログ」を収集し,積極的にサービスに活用し始めるからだ。集まった情報からユーザーの行動を推測し,冒頭のような提案ができるようになる。つまり「“できるケータイ”から“してくれるケータイ”」(NTTドコモの山田隆持代表取締役社長)に変化していく(図1)。
さらに家やビル内,屋外に設置されたセンサーから取得した情報を組み合わせることで,より高い精度でユーザーの動きをコンピュータが観察できるようになる。ライフログとこれらの外部情報を組み合わせることで,携帯電話は人の行動を先回り・推測してユーザーの代わりに煩わしい操作や処理を実行する機械になる。
ユーザーの次の行動を先回り

携帯電話で提供されている現在のネット・サービスは「聞けば答える」スタイルだ。どの駅で乗り換えれば一番早く目的地に着くかを調べる場合,現在のサービスでは経路検索ページを呼び出し,「出発駅:渋谷」から「到着駅:両国」といった具合に文字を入力する。
時間に余裕があれば,こうした検索もそれほど煩わしくない。しかし,待ち合わせ時間に遅れそうで,目の前の電車に飛び乗った場合はどうだろう。操作に時間がかかり,調べている間に,適切な乗換駅を通過することもあり得る。
例えば経路検索サービスに,ユーザーの状態という情報を付加できれば使い勝手は変わる。電車に乗って移動し始めたユーザーの状態を検知できれば,即座に電車の運行に関するページを表示する(写真1)。もし,行き先がスケジュール帳に登録してあれば,ユーザーに入力を求めず,いきなり次の乗換駅や経路を表示することも考えられる。
携帯電話のセンサーが“五感”になる
こうしたサービスを実現するには,ユーザーが「いつ」,「どこで」,「どのような状況で」,「何を」しているのかをコンピュータが分析し,次にどのような行動を起こそうとしているのかを推測する必要がある(図2)。
人間の秘書なら,ユーザーの今後の予定や現在の様子を見ることで,次にすべきことを予測し,行動を起こせるだろう。ところが,コンピュータは,人のように外界を認識する目や耳を持たない。その代わりとなって人の状態を認識する道具となるのが,音や光,動き,場所,温度などを検知するセンサーである。
今すぐにでも使えるのが携帯電話に内蔵されているセンサーだ。最近の携帯電話には,マイクやカメラに加え,位置情報を取得するGPS,動きをとらえる加速度センサー,方位を取得する地磁気センサー,物品の購入や改札口の通過で使われるモバイルFeliCaチップなどが搭載されつつある。一部機種には明るさを調べる照度計が載っているほか,今後は温度計なども入る可能性がある。
端末内のセンサー情報を複数組み合わせれば,人の状態を高い精度で推測できる。例えば,KDDI研究所では,加速度センサー,マイク,GPSを組み合わせて「歩行」,「停止」,「走行」,「自転車」,「自動車」,「バス」,「電車」という現在の移動状態を81.4~99.9%の精度で推定できるという。プライバシ問題がクリアできれば,モバイルFeliCaの履歴と組み合わせて,さらに精度を向上できる。