写真1●「フレッツ光」獲得目標の下方修正を発表するNTTの三浦惺社長
写真1●「フレッツ光」獲得目標の下方修正を発表するNTTの三浦惺社長
写真:後藤 究

 「パソコン・ユーザーを中心としたブロードバンドの需要や,エリア拡大による新規需要の開拓に飽和感が見えてきた」──。NTT(持ち株会社)の三浦惺(さとし)社長は2008年11月7日の中間決算で,グループの総力を挙げて拡大を目指す「フレッツ光シリーズ」に対する市場の反応が変化していることを認めた。

 続けて,今年度のフレッツ光の純増目標数を下方修正すると発表。当初はNTT東西合計で340万件としていた目標を280万件に引き下げた。内訳は,NTT東日本が40万件減少の160万件,NTT西日本が20万件減少の120万件だ。

無視できなくなった目標とのかい離

 今回の下方修正は,上期のフレッツ光の月間純増数が昨年度実績を下回り続けたことを受けた措置である(図1)。第2四半期を通した実績は,前年同期を15%以上も下回った。当初目標の340万件は達成不可能な状況に追い込まれていた。

図1●NTT東西を合計したフレッツ光シリーズの単月純増数(数字は前年同月比)
図1●NTT東西を合計したフレッツ光シリーズの単月純増数(数字は前年同月比)
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 結局10月の純増数もNTT東西合計で20万を切る状況から抜け出せず,中間決算発表の直前になって下方修正を決めた。それでもまだ,「景況感の悪化などを踏まえれば,下方修正した数字自体の達成も厳しい状況にある」(三浦社長)のが現実だ。

 純増ペースの減速は,NTTグループにとって大きな誤算となる。2010年度以降に予定している「光事業の収支黒字化」や,「NGN(次世代ネットワーク)への切り替え」といった重要な経営目標を,2010年度末までに「光ユーザーで累計2000万件を獲得する」という前提に基づいて立てていたからだ(図2)。

図2●新・中期経営戦略のサービス融合実現はフレッツ光の2000万契約実現が基盤となる<br>レガシー系サービスの売り上げ減少を補うために,2010年度から移動通信とのサービス融合に着手し,固定系インフラはNGNに一本化する。ユビキタス・ブロードバンドを実現する計画。
図2●新・中期経営戦略のサービス融合実現はフレッツ光の2000万契約実現が基盤となる
レガシー系サービスの売り上げ減少を補うために,2010年度から移動通信とのサービス融合に着手し,固定系インフラはNGNに一本化する。ユビキタス・ブロードバンドを実現する計画。
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 ただ,こうした事態においてもNTTは,2年半後の2000万の目標は変えなかった。「必要な対策を講じて達成を目指す」(三浦社長)と,あくまで新・中期経営戦略の達成を目指す姿勢を示した。2000万という数字にこだわるというよりも,「地域通信事業の基盤確立のために,光事業を何としても立ち上げなくてはならない」(三浦社長)という思いがあるからだ。もっとも,昨年11月に従来の「3000万」から下方修正して出した“現実解”を,わずか1年で再び見直すことはできなかったという事情も垣間見える。

 いずれにせよ,2000万計画を維持したことによって,来年度以降の純増目標は当初の想定よりもさらに高く設定せざるを得なくなっている。ただでさえ足元の景況が悪化する中で,需要を喚起するには,従来路線とは違う何らかの“秘策”が必要になる。

パソコン市場の変化がFTTH需要に影響

 今後NTTが採り得る策は二つある。料金の値下げと,新規需要の開拓だ。

 現況を分析すると,新規獲得が伸び悩む要因には,(1)従来型需要の飽和,(2)モバイル・ブロードバンドの台頭,(3)ノンPC市場での苦戦が挙げられる(図3)。このうち従来型需要の飽和は,パソコン・ユーザーを中心とする高速回線ニーズと,安価なひかり電話への乗り換えという2本柱の減速である。

図3●フレッツ光の新規需要が伸び悩む三つの要因<br>パソコンでの高速回線ニーズやひかり電話による加入電話の置き換えは一巡。定額制の無線データ通信と競合が始まり,パソコン以外の端末接続需要も開拓し切れていない。
図3●フレッツ光の新規需要が伸び悩む三つの要因
パソコンでの高速回線ニーズやひかり電話による加入電話の置き換えは一巡。定額制の無線データ通信と競合が始まり,パソコン以外の端末接続需要も開拓し切れていない。
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 高速回線のニーズそのものがなくなった訳ではない。ネックは,最近の景況感から一般家庭の財布のひもがきつくなっていること。FTTHに現行の料金を支払ってもいいと思えるユーザーは獲得し尽くし,一巡しつつあると見ていいだろう。

 加入電話からひかり電話への乗り換え需要が落ち着いてきたことも中間決算の数字から明らかになった。期末の加入電話とISDNの契約者数を上方修正するなど,音声収入の減収ペースは弱まってきている。このためNTTは,フレッツ光の純増数を下方修正したにもかかわらず,営業利益を当初予想通りに据え置いた。

 外部要因としては,パソコン市場の変化がフレッツ光の拡販にマイナスの影響を与えている。2008年は,パソコンの売れ筋商品として,5万~7万円で買える1kg前後のUMPCが台頭した。これらの端末は,「自宅で家族が共用する高速回線につなぐよりも,メールやWebなど軽いインターネット利用を,個人で持ち運んで使うのに適している」(イー・モバイルの筒井雅彦・経営戦略本部サービス企画部長)。

 このため量販店のパソコン売り場では,「定額制モバイル・ブロードバンド・サービスの契約と組み合わせ,3万~5万円のハードウエア費用を割り引くという販売手法が主流になってきた」(量販店マネージャ)という。パソコンとのセット販売の一部を食われている格好だ。

非PC端末の接続ニーズは萌芽の途上

 もちろんNTTも,既存需要が減速するのを黙って見ていたわけではない。「パソコン以外の端末からもネットワークを活用できるサービスを開発し,フレッツ光を便利に使うことを提案してきた」(NTT東日本の山貫昭子・営業推進部・IPアクセスサービス部門・IP商品戦略担当部長)。具体的には,スカイパーフェクト・コミュニケーションズや任天堂,タニタなど外部企業との協業で,フレッツ光に接続する機器や専用のサービスを増やしてきた。

 しかし,これらの端末をネットに接続して利用する場合にも,料金はパソコンからインターネットを利用するのと同じだけ発生する。つまり,「パソコンで快適にインターネットを使うためにFTTHを選ぶ人」向けに,プラスアルファの用途を加えただけにとどまっており,新たな需要を効果的に生み出しているとは言い難い。

 このような苦境において,NTTには現状維持という選択肢は無くなっている。2000万という数字の達成はともかく,FTTHサービスの市場を広げないことには,固定通信事業の規模は縮小に向かう状況にある。

 もはや,値下げによって新たな需要を掘り起こすのか,あるいは新規の需要開拓で体勢を立て直すのか,この二つの方策しか有効な手だてはなくなっている。