新システムを導入するには,関連技術の最新動向や導入事例といった情報を事前に収集することが不可欠だ。しかし,そうした情報は日ごろの地道な努力なくして手に入らない。

イラスト 野村 タケオ

 中華レストランをチェーン展開するM社は2006年10月,販売管理システムを刷新することを決めた。いつ,どんな商品が売れたかという詳細な売上情報を収集して販売計画に生かし,仕入れ業務を効率化することを狙う。

 外食業界での競争は,激しさを増すばかりだ。大量仕入れや宣伝力にものをいわせる大手チェーンを前に,M社のような中堅は苦戦を強いられている。そうしたなか,同社は「業務効率化を進めてコストを削減しなければ立ち行かない」という危機感から新システムの導入に踏み切った。

 この決定を受けて,Dシステム部長は部会を招集した。メンバーに,開発プロジェクトの概要を伝えるためである。D部長は,コストや開発期間を考慮してパッケージ・ソフトを利用することや,稼働予定は2007年4月であることなどを一通り説明した。

 その後,D部長はこう続けた。「パッケージ選定に先立ち,まずは候補になる製品をピックアップしたい。この仕事を,F君にやってもらおうと思う」。Fさん(24歳)は,2005年に入社した若手エンジニアである。D部長は「販売管理システムに関する情報を集めてくれ。大手ベンダーだけでなく,ベンチャー企業の製品でも実績があれば候補に入れてほしい」とFさんに指示し,「漏れのないように,じっくり取り組んでくれ」と付け加えた。Fさんは,「承知しました」と答えた。

机上での情報収集にとどまる

 「初めて任された大役だ。いい加減なことはできない」。会議の後,Fさんはそう思いながら自分の席に戻り,ブラウザを立ち上げた。インターネットで情報を集めようというわけだ。まずは,「販売管理システム」や「導入実績」といったキーワードを組み合わせて検索し,数十の製品をリストアップした。さらに,製品概要を各社のWebサイトで一つひとつ確認して,機能や価格,外食業界への導入実績の有無などをこつこつ調べていった。

 1週間後,10製品を網羅した比較表ができあがった。Fさんは「思ったより早く仕上げられた」と達成感を覚えながら,それを部長に提出した。ところが,D部長の反応は厳しかった。「これではとても使えない。カタログの内容をコピーしただけじゃないか」と,突き返されたのである。

 困惑するFさんに,D部長は言った。「私がほしいのは,導入時の苦労や工夫,裏話といったカタログには載らない情報なんだ」。D部長の要求を聞いてFさんはますます混乱し,「どうやって調べればいいんでしょうか」と尋ねた。D部長は「ベンダーの営業担当者やエンジニアに直接当たるんだよ。まだ時間はある。やり直しだ」と命じた。

 Fさんは,D部長から授かった作戦をさっそく実行に移した。名刺の束をひっくり返し,ベンダーの担当者にかたっぱしから連絡した。「販売管理システムの導入を検討しているのですが」と切り出すと,どのベンダーも快く対応してくれた。だが,導入企業の詳細や導入後のトラブルといった情報は,なかなか聞き出せなかった。

 そのなかで,S社の担当者であるH氏だけは違った。自社製品だけでなく,競合製品の実績や評判についても気前よく教えてくれた。Fさんは,H氏と毎日のように連絡をとり,市場全体の動きや技術動向について熱心に質問した。それだけではない。デモンストレーションを見学するためにS社のショールームに行ったし,何度か食事も共にした。パッケージ選択のヒントを得たい一心だった。

 そんなFさんを,ハラハラしながら見ている人物がいた。FさんのOJTを担当したC主任である。

ベンダーとの距離感をつかめず

 11月に入ったある日,FさんはD部長に呼ばれた。部長は単刀直入に言った。「君がS社とだけ親密にしているというのは本当か?」。Fさんは驚き,「とんでもない。新システムのための情報収集に協力してもらっているだけです」と訴えた。部長は「そうか」と言い,「周囲の人間にあらぬ誤解を与えかねないので,軽率な行動はくれぐれも慎むように」と話を打ち切った。

 席に戻ったFさんは,隣のC主任に愚痴をこぼした。「確かに,S社のHさんにはお世話になっています。でも,パッケージ選定に個人的な感情を差し挟むわけがないのに」。C主任は,Fさんをじっと見て「君はそのつもりでも,周囲にはそう見えなかったんだろう」と言った。Fさんは憮然として,「でも,『ベンダーの担当者に接触して情報を集めろ』と言ったのは部長ですよ」と言い返した。

 C主任は,「ベンダーから情報を引き出すのは,企業のシステム担当者として当然の仕事だ。問題は,君が特定のベンダーに偏って接近したことだよ」と淡々と諭した。Fさんは「他のベンダーにも働きかけました。でも,カタログ以上のことは教えてくれませんでした」と,むきになって言った。

 C主任は,Fさんの主張をぴしゃりとはねつけた。「普段はほとんど付き合いがない相手に,急に『情報をくれ』と言っても難しい」。Fさんは,言葉に詰まった。C主任は「日ごろから,ベンダー各社とビジネス抜きで情報交換できる関係を作っておくことだ。そうすれば,必要な情報は自然に入ってくるようになる」と続けた。

 Fさんは下を向き,ぽつりとつぶやいた。「僕は,無意識のうちにベンダーに甘えていたんですね。僕のせいで,妙な疑いをかけられたS社にとっては,いい迷惑だよな…」。C主任は,Fさんを「そう落ち込むな。ベンダーとの接し方は,ベテランでも難しいものだ」と言ってなぐさめた。

 しばしの沈黙の後,Fさんはぱっと顔を上げ,「もう一度,各ベンダーの担当者に連絡を取って話を聞きます。結果を焦らず,まずは信頼関係を築くところからやってみます」と宣言した。C主任はうなずき,「その気持ちを忘れずにいれば,いいシステム担当者になれる」と,F君にエールを送った。

今回の教訓
・本当にほしい情報は,こちらから取りに行かなければ手に入らない
・そのためには,普段からの地道な努力が不可欠だ
・ベンダーとの付き合いに臆病になるな。しかし,節度を忘れるな


岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。
takao.iwai@crest-con.co.jp